明け方の眠り姫
「……なにが」
見られるのを嫌ってそっぽを向く夏希さんを追いかけて、その顔を覗き込む。
馬鹿だな、逃げれば逃げるほど追っかけたくなるのに。
「夏希さん大丈夫?」
「ああ、……うん、もう一人で大丈夫だから」
「ホントに? でもメイク全部崩れちゃってるよ?」
「うっ……」
自分でもわかってるはずだ。今の状況で誰にも泣き顔を見られずに済むには誰かの手を借りるしかないことを。
言葉に詰まった彼女に、苦笑いをする。
「帰る? それともメイク直しに行く?」
少しばかり考え込んで、漸く彼女は、ぽそりと小さい声で言った。
「……帰りたい」
にっと唇に思わず浮かべた笑いは、もしかすると人の悪いものだったかもしれない。
だけど、その時の僕の心境を何よりも表していたのは確かだ。
ふわりふわりと、心許なく落ちてくる風花を手のひらを広げて待ち受けて、包み込んだ気分。
誰に頼らずとも生きていけそうな人。
そんな彼女が僕に助けを求めたことが、僕の中に仄暗い喜びを生んだ。