電車でふたり
その人はブックカバーのかけられた本を眼鏡越しに読んでいた。
無造作に跳ねた黒髪が特徴的だ。
「ああ、おはよう」
彼は顔を上げるとそう言って口元を少しだけほころばせる。
その後に話すことは特にない。和やかな沈黙に包まれながら私は次の駅を待つのだった。
彼の制服を見る限り、他校の生徒であるのには間違いない。
名前はわからないし、年齢もわからないし、どんな人なのかもよく知らないけど、何となく私はこの人が気になっていた。
「次は––––」
電車内に無機質なアナウンスが流れた。
この人は私が降りるよりも1つ前の駅で降りていく。