ネガティブ女子とヘタレ男子
「さっ、入って入って!夜遊びするなら、千秋と遊ぼう。」
手を引かれるままに、玄関を潜(くぐ)れば白い壁が出迎えてくれる。普通なら寝てしまっている時間、暗い廊下が寝静まった他の住民を表しているようだった。
「夜遅いし、私は帰るよ。」
「大丈夫!千秋のパパとママ、怒らないよ。怒るのはね、てんてんだけだから。大丈夫だよ。ね、一緒に遊ぼう!」
グイっと手を引かれ、階段を駆け上がる。ドタドタと響く足音に、下で眠るご家族への申し訳無さが募(つの)った。
「ぁ、明日挨拶しなきゃ…。」
「さやたんは真面目さんだね。ふふっ。あ、千秋の部屋ね、ここだよ!いらっしゃいませー!」
辿り着いた目的地の扉を開いて千秋ちゃんは「どうぞ。」と手招きをしてくれる。「お邪魔します。」と遅れた挨拶を済ませれば、千秋ちゃんは満足気に扉を閉めた。
白い壁に、可愛いピンク色のカーテン。小物等もピンクと白で纏められていて、なんと言うか凄くーー
「お姫様みたいなお部屋だね。」
可愛い彼女らしい部屋の内装。女子力の高さに自分との違いを感じ、いささか居心地が悪くなった。
「千秋ね、ピンクが好きなんだ。あ、もちろんさやたんも好きだけどね、色ではピンクが好きなの。さやたんは?」
中央に置かれた机を囲むように二人で座って雑談タイム。日常的な会話を、今までしたこと無かったからか、千秋ちゃんの好きな色なんて今まで知らなかった。そして、そんなこと聞かれるとも思ってなかったから、自分の好きな色を問われても咄嗟(とっさ)に答えは出てこなかった。
「私は、」
ふと目に留まった紫色。
たまたま目に入ったそれは、そこにあるわけの無いラベンダーの香りを思い出させて、ニッと笑う彼が目に浮かんだ。
「……紫が好きかな。」
ポロッと溢れた答えに、自分でも驚いてしまった。口を覆っても、出てしまった言葉は返ってこない。私から答えを貰えると思ってなかったのか、千秋ちゃんは凄く嬉しそうに満面の笑みを浮かべて、部屋にある紫のものすべてを見せてくれた。
ーー答えが出た理由が、彼を思い出したからだと知ったら…こんなに仲良くしてくれる友達を裏切ることになるのだろうか。
目の前で楽しそうに話をしてくれる千秋ちゃんの笑顔を、私は直視することが出来なかった。
「あのねあのね、千秋ね。さやたんのお話が聞きたいな!」
「私の話?」
「ずっとね、千秋だけさやたんの事好きなのかなって思ってたの。仲良くしてくれるさやたんが嬉しくて、でも、さやたんに嫌われることが怖くて…。学校だけの友達でも、それでも良いかなって思っててね。あんまり踏み込んだ話題はふらないようにしてたの…。一緒に遊ぼう、とか。一緒に帰ろうとか。でもね、この前千秋の好きな人の話、さやたん真面目に聞いてくれたでしょ?あれね、本当の本当のほんとーっに嬉しかったんだ!さやたんともっと仲良くなれた気がして、秘密の共有って言うのかな?あれが凄く嬉しかった。その後すぐに今日みたいに夜歩いてるさやたんを見つけて、千秋の知らないさやたんが、とても悲しそうだったから…さやたんがよければ、悲しい理由、千秋に教えてくれないかな…って。」
「千秋ちゃん……。」
隣に座って、様子を伺うように話してくれる千秋ちゃんは、また少し震えていた。でもこれは、恐怖からとかではなくて…きっと、私に勇気を出して話してくれた緊張からだと思う。
一度もそんな話をしたことない私達に、はじめての夜。
千秋ちゃんは、「無理なら大丈夫だよ。」と気を使ってくれた。その気遣いがまた、私の心を暖かくした。
「…私の話は、聞くだけつまらないと思うよ。」
「っ、つまらなくないよ!さやたんの事だもん!」
「ふふ、千秋ちゃんは優しいなぁ。」
「さやたんが、千秋にたくさん優しさをくれたからだよ。」
そっと小さい体が私を包んだ。
小さくて弱々しい腕は、私と同じ筈なのに、彼女の心はとても強い気がした。
(暮くんと千秋ちゃんが両想いになったら、私はどうしたら良いんだろう…。)
千秋ちゃんの腕の中で、二人が寄り添う姿を想像して、また胸がチクチクと傷んだ。
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