ネガティブ女子とヘタレ男子

「暮人さ、いっつもアンタの事話すんだ。」

私が落ち着いてきた頃、長かった沈黙を破ったのは蒼野くんだった。

千秋ちゃんが座っていた私の隣の席へ座り直して、頬杖をつく。此方(こちら)を見やる瞳は優しくて、視線があわされば整った顔は小さく綻(ほころ)んだ。

「風深さんと、仲良くなりたかったんだと。」

「…暮くんは、勝手だね…。あの頃は、あんなに私を嫌ってたのに…。」

「まあ、アンタからすればそうなるよな。」

「どう言う意味?」

「男は独占欲強いから、独り占めしたいがために気になる子をからかっちゃうんだよ。それが大人になるにつれて落ち着いていって、最終的に守りたいって気持ちに変わっていくんだ。暮人は今その真っ最中ってとこ。」

「答えになってない気がするんだけど…。」

「そのうち分かるよ。」

私から視線をズラして遠くを見つめる彼は、今誰を想っているのか…。瞳の先に写る"人物"をぼうっと思い浮かべると、何故だか先程まで隣にいた彼女が思い浮かんですぐに頭を振った。

「それじゃ分かんないよ。……私は、ずっと……。」

「辛かったんです。って言いたいの?」

「…分からない。分からないけど…私の中のモヤモヤが晴れてくれない…。ただ、私を好いてくれる彼女も。昔と違う歩み寄ってくれる彼も。友達のために一所懸命になれるあなたも。……私には、何故だか羨ましくてしかたがないの。」

胸を手で支えて、苦しくなる心臓をぎゅっと押さえ込む。自分らしさを持つことも、自分を好きになってもらう事も、怖くて仕方のない私はいつも怖いからと全てを遠ざけていた。「私なんかが…。」そう思って逃げていれば、いつの間にか心は冷たく強くなった。

ーーー泣き虫。

そう呼ばれていた私から、一つ階段を上ったつもりでいたのに…。

大好きだと包み込んでくれる千秋ちゃんの勇気を知りもしないで。

フォローしてくれる蒼野くんの気遣いに甘えて。

手を差しのべてくれた暮くんの手を振り払って。

そんな私が強くなったなんて言えるのだろう…。

優しいラベンダーの香が鼻を擽(くすぐ)った。本人がいないのに、ふわりと香った彼の臭いは、涙をまた溢(あふ)れさせる。

「そうかな…。俺は、風深さんが羨ましいよ。」

「…。」

「俺の欲しいモノ、全部アンタが持ってる。でもそれってさ、他人から見ればわかっても、本人には分からない事だと思うんだよね。」

頬に触れた大きな手は、少し震えながら肩を抱いた暮くんとは全然違っていて。そっと涙を拭う指先は、少し冷たかった。

「俺さ、別にアンタはそのままでいいと思うよ。弱くて、泣き虫で。そのままでいいじゃん。その分、人の弱さを分かってやれる人なんだから。それってさ、アンタ自身が自信無くても、誇っていい部分だと思う。他のやつには、絶対真似できない優しさだから。」

「私じゃない。優しさって言うのは、皆が持ってるもののことをいうんだよ。私のはただの予防線…距離を置いて、らしくない自分なんて偽って、慣れない派手なメイクをして可愛く着飾る。可愛くならないと、皆が求める私にならないと、そうでもしないと私を見てくれる人なんて居ないもの…。」

顎に指をかけ、顔を上へと持ち上げられる。瞳に溜まった涙は重力に従って目尻から新たな川を作って落ちていった。

彼の大きな瞳と、自分のものがあわさる。

小さく笑う彼の笑顔は、少し辛そうだったーーー



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