ネガティブ女子とヘタレ男子

「ふぅん…それであんなに仲良かった君達が別々になっちゃったのか。」

壁に背を預けて二人で話す。膝を抱えて顔を埋(うず)める私には、今横場くんがどんな顔をしているのかは分からなかった。

「それで、その柊って奴の事、君は好きなの?」

「私の過去について話したのに、何でそんな話になるのか分からないんだけど…。」

「チィちゃんに隠すって言うことは、それなりに知られたくなかった事とか気持ちとかモノがわるわけでしょ。それってチィちゃんとの仲を悪くするほどのモノだって無意識に君が判断したから、言えなかったんじゃないの。やましい事があるから、君は隠したんでしょ?」

「それは…。」

「まあ、俺には関係ないから良いよ。君は俺の手をとった、その事実さえあれば良い。それに他の男に渡す気なんて無いからね。」

「あなたは千秋ちゃんと蒼野くんの関係を守るため。私は一人でいたくない私自身を守るため。…利害の一致、ってやつだね。」

体中についた埃を払いながら、腰を上げる。じめじめとした梅雨が終わり、完全に衣替えした夏服には、思いの外(ほか)埃はついていなかった。

横場くんの横に背を凭(もた)れ、また聞こえてきた授業の声に耳をすます。横の彼は眉を下げて悲しげな表情で微笑んでいた。

「一人にはしないよ。」

「うん、私も勝手な事はしないわ。」

愛も恋も無い関係。
だけど、そこには少なからず情がある。
目的がある。
そして、意味がある。

横場くんの心の内はやっぱり私には見えないけれど、彼の弱さに共鳴した心は本物で、横場くんの千秋ちゃんへの気持ちを歪んだものと勘違いしていた私には、今更やめるなんて言えなかった。

ーーー罪悪感?

いいえ、これはただの慰め合いーーー

少し上にある彼の瞳は、ずっと隣の校舎へ向けられている。

(蒼野くんといい、横場くんといい…どうして千秋ちゃんに恋をした人は、こんなに不器用なんだろう。)

二人共千秋ちゃんの幸せを祈っていて。それでも、千秋ちゃんが幸せになった未来を想像すれば、そこにきっと二人は描かれていない。

(そんなことを、あの千秋ちゃんが望むわけ無いのにね。)

ーーーなんて可哀想な関係なんだろう。

(三人を取り巻く赤い糸が見えれば、私にだけでも見えていたら。千秋ちゃんが笑顔になれる未来が待っているのだろうか…。)

ギュッと胸が締め付けられた。
恋と呼べない気持ち、呼んではいけない葛藤(かっとう)。壊したくない関係。彼女達の周りには、様々な壁が多すぎて。いつか三人が壁に囲まれて動けなくなるんじゃないかと、そんな気がして又胸が痛んだ。



眼鏡で隠れた瞳。
長い前髪をかきあげて、つり目がちな瞳を細めて意地悪く笑う彼も、千秋ちゃんを巡る赤い糸に含まれているのだろうか…。



もしそうだったら…その時私は、三人の関係について胸を痛めているのかな。それとも、彼が千秋ちゃんの元へ行ってしまう事に悲しんでいるのかな。それか、その場に居ないのか…。

思考だけが先走って行く。

ただ一つ分かるのは、暮くんが優しく笑う姿を、他の誰にも見せたくないと言う欲張りな気持ちが胸にあるという事実だけだった。



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