ネガティブ女子とヘタレ男子
持つべきものは親友
ジリジリと夏の暑さが照り付ける真っ昼間。布団の上でだらだらと寝転がる。エアコンから出る冷たい風が、部屋の温度を下げて過ごしやすくしてくれた。
そんな天国みたいな時間を過ごせる夏休みが始まった。
少ない課題を早くに終らせ、枕に顔を埋める。脳内で再生されるのは、あの日からずっとひとつだけだった。
『帰るわ。』
そう言って千秋ちゃんの家から飛び出した数週間前の夜。荷物も持たずにただひたすら足を動かした。
「待って、柊くんっ。」
男の全力疾走に、ゼェハァと息を荒くしてついてきた千秋ちゃんは、今思うと可愛くセットされた髪がボサボサになっていたのかななんて考えてしまう。
自然とゆっくりになり、止まった足。俯いたまま顔は千秋ちゃんの方を振り返る事なんて出来ないほどだったと思う。
「っ、はぁ…良か、た。追い付い、た…。」
呼吸を整えた千秋ちゃんは、立ち止まった俺の横に来ることはしなかった。
「ひ、柊くん…。」
「…。」
「……柊くん大丈夫?」
「…大丈夫だよ。それより、女の子一人で夜は危ないから。早く帰った方がいいよ。」
精一杯抑えた口調。
言葉を発する度に、胸の奥から何かが込み上げてくるようだった。
「ほっとけないよ。…千秋ね、柊くんに憧(あこが)れてたの。優しくて、かっこよくて…。」
「っ…。」
「でも、それ以上にさやたんが大好きなんだ。へへ…二人に何があったかなんて、千秋には分からないけど、さやたんが嘘ついたのはすぐに分かったよ。」
「それが何。」
「あれね、多分千秋のためだと思う。千秋が柊くんの事好きってさやたん知ってたから、だから千秋が傷つかないように守ってくれたんだと思う。」
弱々しく続く千秋ちゃんの声。
鼻をすする音が聞こえる度に、つられて何かが溢れてきた。
ーー優しい彼女が、誰かを傷つけるためにあんな嘘をついたりしない。
立ち上がって一所懸命(いっしょけんめい)に話す姿を間近に見て、爽ちゃんの強くなった一面を嬉しく思ったのは俺じゃないか。それも、友達のために。
いつも一人でいて、泣き顔ばかりの脳内フォルダにいくつも上書き保存した今日の出来事を、俺はたった一言で全てなかったことにしようとしていた。
彼女の変化を、感じていたはずなのに。
後ろにいる女の子にフォローしてもらいながら、好きな女の子の事ばかり考えてしまう。本気の気持ちを、こんな風に伝えてしまう辛さが千秋ちゃんの涙が地面へ落ちる度(たび)に伝わってくるようだった。
だからこそ、俺は俺の気持ちを千秋ちゃんに伝えなければいけない。
俺が、言わせるようにしてしまったのだから。
「…ごめん、俺…千秋ちゃんの気持ちには答えられない。」
俺なんかに恋をしてくれてありがとう。
「俺さ…ずっと好きな子が居るんだ。昔からその子の笑顔が見たくて、構って欲しくてちょっかいばかりかけてた。」
追いかけて来てくれてありがとう。
「たくさん傷つけてしまって、今じゃ怖がられるくらいだけど…。俺のせいで孤立(こりつ)した過去を、君と出会って変えようとしてる姿を見れて本当に嬉しいんだ。」
爽ちゃんと出会ってくれてありがとう。
「だから、千秋ちゃんがそんなにフォローする事ないよ。大丈夫、爽ちゃんの優しさも、千秋ちゃんの気持ちも充分伝わったから。」
ーーー俺達のために、泣いてくれてありがとう。
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