秘密 ~ホテル・ストーリー~
師走の出張

「これでも飲んでろ、ほら」

亮平は、咲田未希に、冷たい缶コヒーを放り投げた。

「ありがとう。ごめん、遅くなっちゃったね」

「あのさあ……」未希は、いかにも慌てて走ってきたっていう格好だった。
ひっでえ顔してるな。亮平は、そう言いかけて止めた。

彼女が遅れてきたのも、泣きはらして寝不足になったのも、亮平には想像できた。

だから、余計なことを言って、悲しませるのをためらったのだ。

「ん?」

「それ、目に当てとけ」視線で冷たいコーヒーの缶を指して言う。

「ありがとう。ごめんね」
がんばって笑って見せるけど、笑おうと思って口元が引きつるのが痛々しい。
無理して笑うことないのにと亮平は思う。

「いいよ、礼なんか言わなくても」
もっと優しく声をかけて、手渡してやるはずだったのに。
目をはらして、ぼさぼさの髪でやって来た彼女を前にすると、亮平はなぜか腹が立った。

二人は、住宅建材メーカーの名古屋支店に勤めている。

東京港展示場で行われる「住宅設備国際博覧会」に出店が決まって、そのブースの設置を任されたため、二人で東京へ出張に向かうところだった。

今の時刻は朝の7時。何とか無事に名古屋を出発できた。

10分前には、来いって言ってあったのに、未希は、待ち合わせの時間5分すぎて到着した。

ほっとしたのか、未希は言われた通り缶コーヒーを目に当てて、リクライニングシートを目いっぱい倒して目をつむっている。

アホだろお前、目が、そんなに赤くなるまで泣きはらして。
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