草食系上司の豹変

「竹内さん!」

「ハイっ!」

条件反射で元気よく返事をし、声のした方を見ると、結城主任が広い部屋の遥か彼方で私を呼んでいる。
遠いな!と思いつつも、これまた条件反射で、ダッシュ。
こんなこともあろうかと、パンツスーツに3センチヒールかつストラップ付きのパンプスを履いてきた。
高級そうなカーペットは適度な柔らかさで走りやすくて助かる。
ズラリと並んだ机と椅子の間をすり抜け、上司の元へ。

「はい、何でしょうか」

「ここの段取りなんですが、順番変更します」

この上司、部下に対しても丁寧語を使う。
非常にむず痒く思いながらも、示された資料を確認しながら、指示をメモしていく。


私は都内に本社を置く大手日用品メーカーに勤める26歳。

明日は、小売・卸売向け新製品発表会。
いい製品を作ってもお店に置いてもらえなければ消費者には届かないので、我が社の重要イベントだ。

会場はプレミアムホテルの宴会場。

で、ただいま最終準備の真っ最中。
営業、製造、マーケ、総務……いろんな部署が準備に来ていた。

このイベントの主管部署は、私が属する営業企画部。現場を取り仕切るのが、私の上司の結城主任である。
歳は30歳ちょっとなのに、妙に落ち着いていて、物腰は柔らか、口調は丁寧。いわゆる草食系。

しかも、異色の経歴の持ち主だ。

なんと、音楽大学を出ているという。
専攻はバイオリンだったらしい。
セレブ!

私は学生時代バスケ部、入社してからは営業部、と体育会系の畑で生きてきたので、主任のようなタイプは今まで周りにいなかった。実を言うと少し苦手。
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