草食系上司の豹変
上司の誘いを断る理由が思いつかず、ついてきた先は、同じホテルの中にあるオシャレなレストラン。

「こんな高級なところですか……」

入り口で尻込みする。

「僕が奢りますから気にしないでください」

「それは余計に申し訳ないです……」

「ここは上司の顔をたててください。行きますよ」

さりげない押しの強さは仕事で垣間見てきた。

おずおずと店内に足を踏み入れると、照明もキラキラ、窓の外の夜景もキラキラ、グラスも食器もキラキラ、……何もかもがまばゆい。

主任は慣れた様子で私をエスコートし、スマートに注文を済ませた。
やっぱりセレブ。



「営業で、とてもフットワークの良い人がいるなぁ、と思っていました」

「……恐れ入ります」

美しい盛り付けのオードブルを精一杯お上品に口に運ぶ。

うわぁ、美味しくて、感激!

「竹内さんは何かスポーツをやっていたんですか?」

「はい。小学校から大学まで、バスケ部でした」

主任は目を丸くする。

「それはすごい」

その時、ピアノの音がした。
壁際に置かれたグランドピアノで、生演奏が始まったのだ。

目に入るもの、料理の味に加えて、耳に入る音までもキラキラだなんて、さすが高級レストラン。
こんな経験したことないし、たぶんこれからも滅多にないことだろう。

「主任こそ、小さい時からバイオリンをやってらしたんですよね? 音大なんて、すごいです」

主任は苦笑した。

「外なので、その主任というのは……」

「あ、申し訳ありません、……結城さん」

結城さんは、かすかに微笑んだ。
仕事の時とは違う雰囲気に、体温が上がった気がする。
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