草食系上司の豹変
「あの、どうかされました?」

彼は私に向き直り、ニヤっと笑った。
それは今までの笑顔とは明らかに種類が違った。

「実験成功」

はい?

「僕は、音楽が流れると耳を奪われてしまうんです。ここにあなたを連れてきたのは、きちんと話をしてみたかったということもありますが、音楽とあなたの話と、どちらが僕の脳を支配するかという実験も兼ねました」

……やっぱり普通の人と違う感覚なんだな。

「結果は、音楽が全く耳に入ってこなかった。これは僕にとって画期的なことです」

はあ。

「つまり、僕はあなたにかなり惚れ込んでいるということ」

「‼︎⁉︎」

驚く私を面白そうに見つめる瞳は、キラキラ輝いていて、心なしか色っぽいのは気のせいか。

「今夜は帰したくないな」

気のせいではない。獲物に狙いを定めた肉食獣のような目つき。
キラキラじゃない、ギラギラだ。

これがどんな状況か、さすがに私でもわかる。

確かに話をして、距離が縮まって、うれしかったけど。
ドキドキしたけど。
ふわふわしたけど。

「だめ?」

……質問ではない。
いいよね、の念押しだ。

何なのだ、この豹変ぶりは。

「……結城さんは草食系のイメージでした……」

あまりに動揺しているせいで、思わず口走ってしまった。

彼は楽しそうに笑う。
勝利を確信した立場からの余裕の笑みだ。

「あなたのその偏見をぜひ正したいな」

偏見なら今、正しました。
あっという間に距離を詰めてきたさまは、まさに肉食獣だと。

「僕、昨日今日と、このホテルに部屋取ってるんだけど」

喉元に牙を突き立てられた感。

「寄っていかない? 僕が草食系かどうか、今度はあなたが実験して確かめてみてよ」



fin.
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