魔法にかかる朝九時、魔法が解ける午後十二時
いったい、何組のカップルの背中を見送っただろう。やっと途絶えた人の波にホッと息をつく。
「やっと落ち着いたね。皆川くん、先に休憩入っていいよ」
一緒に夜勤に入っている今年入社したばかりの後輩の皆川くんに声をかけると、彼は大きな瞳を丸くして首を横に振る。
「いや、でも……。田崎さんのほうが疲れてますよね。すみません、俺……足を引っ張って」
「そんなことないよ。クリスマス勤務、初体験だもんね。皆川くん、がんばってるよ。いいから、先に休んできて」
素直でかわいいな、皆川くん。たしかにまだ慣れていない部分はあるけど、よくがんばってくれたと思う。
労うように背中を軽く叩くと、ホッとしたようにかわいらしい笑顔を見せてくれる。うーん、和むなぁ。今日、皆川くんと夜勤なのは救いだったかも。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えます」
ペコリと頭を下げてバックヤードに消えていく後ろ姿を見送って、時計を見上げる。ちょうど、十二時になったところだ。
ロビーに視線を戻すと、深紅の薔薇が宙に浮かんで見えた。
思わずギョッとして目をこらすと、当たり前だけど花は浮いているのではなくて、誰かが大きな花束を抱えているようだ。
顔を隠すように花束を持ったその人のそばに、女性はいない。人のまばらになったロビーで、その人の存在はなんだか異質だった。