魔法にかかる朝九時、魔法が解ける午後十二時
しばらくその薔薇を見つめていると、その薔薇が動きだした。真っ直ぐに私に向かってくるそれに恐怖を覚えて、顔が引きつる。
目の前に迫るその大量の薔薇に身体を仰け反らせると、視界からそれが消えた。
「こんばんは」
代わりに現れた満面の笑顔に、面食らって目を見開いた。
それから仕事中なことを思い出して、慌てて姿勢を正して笑顔を作る。
「ようこそ、当ホテルへ。本日は宿泊でよろしかったでしょうか」
いつもの調子を取り戻して薔薇の花束を抱えたその人に微笑むと、その人はニコニコしながらうなずいた。
「はい、予約している片倉です」
その名前にパソコンを操作しようとした手がピタッと止まる。思わず顔を上げると、まだニコニコとしているその人と目が合った。
偶然……よね。気を取り直してパソコンを操作して、予約者名に表示された名前を見て、これは本当に偶然なんだろうかと考える。
「片倉……秀明様、で、よろしいでしょうか」
つい、営業スマイルを忘れてマジマジとその人を見つめる私に、その人は笑みを深くする。
「はい、片倉秀明です」
「……あ、で、ではお手数ですが、こちらの用紙にご記入していただけますか」
宿泊者名簿への記入をお願いしている間に、手続きを済ませようとパソコンの画面に視線を移す。