魔法にかかる朝九時、魔法が解ける午後十二時
「僕は、魔法をかけにきたんです。僕の魔法は未熟なのでね。かかるまでに少し時間がかかります。そうだな……朝の九時には、きっとあなたは魔法にかかっています。解けるのは、明日の午後十二時かな?」
差し出された宿泊者名簿に書かれた名前を見て、私は息をのんだ。
“片倉 靖明”
そこに書かれていたのは、会いたくてたまらないと思っていた愛おしい彼の名前。
仕事中だというのに、涙が浮かんできてしまう。だって、こんなの反則だ。
「従者がお姫様になる日があったっていいでしょう? さ、お部屋の鍵をいただけますか? 王子様にお届けしないといけないのでね」
こぼれ落ちそうになる涙を必死に押さえながら、ルームキーを差し出す。いつも口にする「どうぞごゆっくりお寛ぎください」という言葉は口にできなかった。
「兄貴のこと、よろしくお願いします。じゃあ、近いうちにまた会いましょう。未来の『お義姉さん』」
最後まで笑みを絶やすことのなかった彼が、背を向けてエレベーターに向かって歩いていく。
柱の影から現れた、銀縁眼鏡をかけた背の高い男の人の姿に耐えきれず涙がこぼれて、目を伏せた。
彼とはあまり似ていない、笑顔の素敵な魔法使いの魔法にかかるまで、あと……八時間。