私のご主人様
てきぱきと手休めないまま話す医者は、あっという間に点滴を準備すると、琴音ちゃんの手をとって針を刺す。
琴音ちゃんは暴れることもせず、ぐったりしたままだった。
「それじゃあ、僕はこれで。点滴が終わったら抜いて少し押さえておいてくださいね。後はトリガーの、あなた。とりあえずパニックを起こした時はいち早くその場から離れるように。信頼関係は、共に過ごした分しか成り立ちませんからね」
一気に喋った医者は、呆然としている若に最後を伝えるとさっさと部屋を出ていく。
暁が見送りに後を追いかけていった。
医者がいなくなった部屋は静まり返り、嵐が過ぎた後のようだった。
「奏多、薬なんて聞いてねぇぞ」
口を開いたのは若で、説明しろと威圧が降ってくる。
琴音ちゃんの前で話したくなかったけど、抵抗するのはまずそうだ。琴音ちゃんを起こさないようにしながら若に体を向ける。
「…琴音ちゃんが逃げ出した前日から様子がおかしかったように感じました。夜、寝ながらうなされていたんです。医者に相談したら当たり前だと言われました。そこで選択肢は2つ。1つは親元に返すこと。2つ目は薬で落ち着かせること」
「なるほどね。1つ目は選択するわけにいかなかったと」
「琴音ちゃん自身にもばれないように食事に混ぜていたんです。正直、薬の味は結構すると思ってましたが、琴音ちゃんは気づいたそぶりを見せませんでした。味覚までおかしくなっていたんでしょう」