私のご主人様

お父さんの怒鳴り声に、メイドさんたちは萎縮して後ずさる。

お父さんの顔は見たことがないくらい怒りに満ちていた。

こんな顔、見たことない。いつも旦那様の横に立っても恥じることのない、完璧に表情を隠し、仕事を効率よくこなしていくお父さん。

こんな風に怒ったのは、見たことがなかった。

肩に回った手は怒りで震えていて、私を決して渡しはしないと言わんばかりに抱き寄せてくれていた。

「失礼する。琴葉、行くぞ」

「は、はい」

お父さんに肩を抱かれたまま屋敷を進む。すれ違う使用人さんたちは驚いたように私をみるけど、お父さんの迫力に圧されて話しかけてくる人は誰もいなかった。

そして、旦那様のお部屋の前まで来ると、肩を抱いていてくれた手は離れる。だけど、私がとっさに手を掴むと、握り返してくれた。

「旦那様、宮内です。入ります」

ノックのあと、告げた言葉と共にドアを開けて中に入る。

旦那様は書斎で仕事をされていたのか、その机には山のように資料が並んでいた。

資料から顔をあげた旦那様の顔は、見るからに怒っていた。

「宮内、何時だと思っている」

「昨日申し上げたはずです。今日は挨拶に来ると」

「了承した記憶はない」

「ですが、私は丁度2ヶ月と1日前にお伝えしました。昨日をもって、私と娘の琴葉はやめさせていただくと。それに、2週間前、郵送と手渡しで退職届を提出しました」

まっすぐに旦那様に逆らう姿勢を崩さないまま、お父さんが口にした言葉に目を見開いた。

やめるって、お父さんも…?どうして…。
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