私のご主人様

話についていけない私を置いて、お父さんと旦那様のやり取りは続く。

「証拠はあるのか?2ヶ月と1日前に、お前がやめると言ったことも、退職届を出したことも、証明できるのか!」

旦那様の怒鳴り声に、お父さんはポケットからボイスレコーダーを取り出した。

それの再生ボタンを押し、音量を最大にする。

『旦那様、4月1日に私と娘の琴葉はこの職を辞そうと思います』

『なんだと!?貴様、自分が何をいっているのか分かっているのか!今、お前がやめて、この先はどうするつもりだ!』

『再就職の手はずなら、すでに大方済ませております。だから2ヶ月前の、本日2月1日に旦那様にお伝えした次第』

そこで停止ボタンを押したお父さんは、懐から何かの証明書を出して旦那様に見せた。

旦那様は、それ以上なにも言えなかったのか、お父さんを睨み付けた。そんな視線を無視して、お父さんは深々と頭を下げる。

「お世話になりました」

お父さん、ずっと考えてたんだ。やめて、次の就職場所まで見つけて…。

私、今までお父さんの何を見てたんだろう。ただ、朝早くいなくなって、夜だって酷いと夜中に帰ってくるお父さんに、傍にいてくれないことを憎んで、悲しんで…。

お父さんが私のために仕事を捨ててしまう覚悟を持っていたなんて知らなかった。

旦那様と向かうために入念に準備していたことも知らなかった。

立ちすくんでいると、頭をあげたお父さんが私のところまで戻ってきて、笑みを浮かべる。
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