私のご主人様
ちょっと引きつって、うまく笑えないお父さんの、優しい笑顔だ。
「琴葉、今まで我慢させてごめんな。もう、夜中に帰るなんてことしないから」
「…お父さん」
「バイトも、しなくていい。中学校で出来なかった分、高校で存分に遊びなさい」
「…うん!」
頭を撫でられる。温かくて、大きな手。
そうだ、小さかった時、仕事から帰ってきたお父さんがただいまって抱っこしてくれるのが大好きだった。
抱きつくと、一瞬びくってして、それからぎこちなく抱き締めてくれた。
「あなた!琴葉はいつ戻って…あら、琴葉!待ってたのよ~」
突然現れたのは奥様で、憤怒の表情が私をとらえた瞬間、満面の笑みに変わる。
両手を広げて近づいてくる奥様を、お父さんが私を背に隠して止めた。
「何よ、宮内、どきなさいよ!」
「奥様、娘が世話になりました。昨日付けで私と琴葉は退職させていただきます」
「はぁ!?そんなの聞いてないわよ!あなた!まさか了承したんじゃないわよね!?」
「了承されずとも、退職届を2週間前に出せばやめられるんですよ。それに、私は旦那様に2ヶ月前から退職することを申し上げていました」
「私は、2ヶ月も前にそんなこと聞いてないわよ!琴葉!お前、1ヶ月も無断で休んでおいてやめられると思ってるの!?」
奥様の怒鳴り声に身がすくむ。
お父さんのスーツを握りしめると、お父さんの手重なった。