落ち葉を踏んで


「災難だったな」


「まぁね……」



自動販売機前でまごつく私の横に来た同期の宮野君は、慰めの言葉をかけながら私より先に自販機のボタンを押した。

「あっ」 と小さく叫んだ私の声は、ガシャンと落ちる缶の音にかき消された。

宮野君が手にした缶を恨めしそうに眺める私へ 「お先に」 というように軽く手をあげて、プルトップを開け、ゴクゴクと美味しそうにのどを鳴らしながら一気に飲み干した。



「課長、統括にアピールしてるの見え見えだったもんな」



私の恨めしそうな顔は、課長の小言のせいだと思ったらしい。

『そんなんじゃない。あとからきて先に買うなんて、どういうつもり?』

と、脳内で反論しつつ、当たり障りのない返答をする。



「やっぱり、そうかな」


「レナは運が悪かったって、みんなも言ってた」



上司を非難することで私へ同情を示そうとしてくれるのはわかるけれど、どうして自分の言葉で言えないのか。

みんなも言ってた……は、余計だよねと思うのだ。



「気分直しに、飲みに行こうって話してたんだ。

橋口がいい店を知ってるから。今夜、いいだろう?」


「今日は予定があるの」


「じゃぁ、いつあいてる?」


「あさってか、来週だったら」


「あさっては俺がダメなんだよな。橋口に任せるの不安だし……あしたは?」



明日は特に予定はないけれど、宮野君や彼の友人と飲みに行くのは遠慮したい。

普段の彼の言動から私に好意があるのだろうと感じていたから、そのアピールかもしれないけれど、 遠回しな言い方しかできないメンドウな男は苦手だ。



「明日もちょっと……私に気を遣わなくていいから、みんなで行って」


「えーっ、付き合い悪いな。みんなレナのこと気にして誘ったのに」


「付き合い悪くてごめん」


「そっか……じゃぁ、次は付き合えよ」



友達を持ち出して誘わなくても、「気分直しに、ご飯食べに行こう」 でいいじゃない。

断ったら 「付き合い悪いな」 って、私が悪いの?

後味の悪さだけ残して去った宮野君の背中を見送り、目の前に視線を戻して落胆のため息をついた。

自動販売機の黄金のコーヒーには 『売り切れ』 のランプが点滅していた。

私が買おうと思っていたのに……


嫌なことがあったときや気持ちを立て直したいとき、黄金の缶コーヒーを飲むと不思議と気分が晴れた。

特別缶コーヒーが好きということもないけれど、光り輝く黄金色が、暗い気分を打ち消してくれる気がするのだ。

今日みたいについてない日こそ、『黄金の缶コーヒー』 が必要だったのに。

彼が悪いわけではないけれど、宮野君のせいでもっと気分が落ち込んだ気がする。

そうだ、ほかの自販機ならあるかも。

自分の思いつきに気を良くした私は、その足で昼休みの街へ飛び出した。


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