落ち葉を踏んで


ついてない日は、とことんツキに見放されるらしい。

たまたまだったのか、やっぱり私に運がなかったのか、街中でも 『黄金の缶コーヒー』 に巡り合うことはなかった。

自販機は見つからず、コンビニの棚もそれだけが売り切れなんて、どんな不運が私に降りかかっているのだろう。

めいっぱいの不幸を抱えながら、会社からそう遠くない公園に立ち寄った。


ここには、私を元気にしてくれるもう一つのアイテムがある。

銀杏の木の下にあるベンチに座れた日は、良いことを思いついたり、その後幸運に恵まれるのだ。

夏の銀杏は青々とした葉を茂らせて涼しい木陰を作り出し、秋は紅葉で目を楽しませてくれる。

冬の枯れた感じも好きだ。

海外の公園にありそうな、フレームがおしゃれな曲円を描くレトロなベンチも気に入っている。


気分を一新しようとベンチへと向かったのに、またしても気落ちした。

そこには先客がいて、若い男性がベンチの真ん中に座っていた。

ツキがなさすぎ、今日の私の運勢は最下位だったにちがいない。

はぁ……

盛大にため息をついていると、不意に顔をあげた男性と目が合った。

それだけでなく、彼は座る位置を移動して私のための空席を作ってくれたのだ。

「ここにおいで」 と招いてくれるような温かみのある動きだった。

その好意を受けようと思った。



「失礼します」


「どうぞ、座ってください」



こちらから礼を伝えても無言で軽くうなずくくらいで、言葉を交わすことはないだろうと思っていた。

私とそれほど歳の変わらない男性から丁寧な返事があったことは、軽い衝撃だった。

驚きながらも 「ありがとうございます」 と返した。

予想外の出来事はさらに続いた。

その男性がカバンから取り出したのは、私が買うことのできなかった 『黄金の缶コーヒー』 だった。



「あっ」


「はい?」


「いえ、なんでもないです……」



知らない人の前で声をあげたことが恥ずかしくて、その時の私は顔を真っ赤にしていただろう。

いたたまれず立ち上がろうとしたとき、目の前にそれを差し出された。



「もう一本持ってるので」


「えっ、でも」


「温まりますよ。今日は寒いですね」


「……ありがとうございます。いただきます」



私が受け取りプルトップを開けるまで、彼は飲まずに待っていた。

「乾杯」 と缶を合わせてきたのは彼だった。

「コーヒーだから酔えないけどね」 と肩をすくめながら笑った顔は、銀杏の葉の影になり寒々しく見えた。

私の席にはポカポカと暖かな秋の日が降り注いでいる。

日当たりのよい席を私に譲ってくれた、彼の気遣いが嬉しかった。



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