落ち葉を踏んで
「そこ、寒くないですか。こちらにどうぞ」
「ありがとう」 といいながら、彼は気持ちだけ近寄った。
ふたりの距離が少し縮まったことも、会話が続くきっかけになった。
「このコーヒー、私のラッキーアイテムなんです」
「ゴールドだから?」
「そうですね。なんとなくいいことがありそうな気がして。
でも、今日はどこも売り切れで落ち込んでいたら」
「僕が持ってた」
「すみません、いただいちゃって」
「元気が出た?」
「はい、とっても」
私の言葉に、彼から柔らかい笑みだけが返ってきた。
言葉のキャッチボールのあとの笑みに、胸に積もっていたもやもやが消えていく思いがした。
上司を非難しながら慰められるより、笑顔で話を聞いてくれる方が数倍いいな……
頭に浮かんだ宮野君の顔を、ふっ、と吹き消した。
また会いたいとか、もっと話をしたいとか、そんな気持ちがなかったといえば否定できないけれど、お返しをしたいと思った気持ちに嘘はない。
「私、ここによく来るんですよ。銀杏の木陰と、レトロな感じのベンチが好きなんです」
「僕もときどき来るけど、会いませんね」
「そうなんですか? ここ、私の専用席だと思ってました。あっ、すみません」
「ははっ、僕もここは僕の専用席だと思ってました」
顔を見合わせて、くすっと笑いあった。
「あの、次に会ったとき、お返しさせてください」
いいですよ、そんなことしなくても……と言われるだろうと思っていた私の予想は、嬉しいことに裏切られた。
「じゃぁ、明後日、ここで」
「はい、あさって、ここで」
浅野充彦です、と名乗った彼は、私の名前も聞いて、「レイナさんですね」 と名前だけ復唱した。
公園で休憩しているということは、外回り途中の営業マンだろうか。
スーツに真っ白いシャツ、少し日に焼けた健康的な顔に明るいネクタイがよく映えていた。