落ち葉を踏んで


「そこ、寒くないですか。こちらにどうぞ」



「ありがとう」 といいながら、彼は気持ちだけ近寄った。

ふたりの距離が少し縮まったことも、会話が続くきっかけになった。



「このコーヒー、私のラッキーアイテムなんです」


「ゴールドだから?」


「そうですね。なんとなくいいことがありそうな気がして。

でも、今日はどこも売り切れで落ち込んでいたら」


「僕が持ってた」


「すみません、いただいちゃって」


「元気が出た?」


「はい、とっても」



私の言葉に、彼から柔らかい笑みだけが返ってきた。

言葉のキャッチボールのあとの笑みに、胸に積もっていたもやもやが消えていく思いがした。

上司を非難しながら慰められるより、笑顔で話を聞いてくれる方が数倍いいな……

頭に浮かんだ宮野君の顔を、ふっ、と吹き消した。

また会いたいとか、もっと話をしたいとか、そんな気持ちがなかったといえば否定できないけれど、お返しをしたいと思った気持ちに嘘はない。



「私、ここによく来るんですよ。銀杏の木陰と、レトロな感じのベンチが好きなんです」


「僕もときどき来るけど、会いませんね」


「そうなんですか? ここ、私の専用席だと思ってました。あっ、すみません」


「ははっ、僕もここは僕の専用席だと思ってました」



顔を見合わせて、くすっと笑いあった。



「あの、次に会ったとき、お返しさせてください」



いいですよ、そんなことしなくても……と言われるだろうと思っていた私の予想は、嬉しいことに裏切られた。



「じゃぁ、明後日、ここで」


「はい、あさって、ここで」



浅野充彦です、と名乗った彼は、私の名前も聞いて、「レイナさんですね」 と名前だけ復唱した。

公園で休憩しているということは、外回り途中の営業マンだろうか。

スーツに真っ白いシャツ、少し日に焼けた健康的な顔に明るいネクタイがよく映えていた。



< 5 / 8 >

この作品をシェア

pagetop