甘い音色は雪で蕩ける。
甘い音色は雪で蕩ける。


甘く響く音色は、しんしんと降る雪に蕩けて消えていく。
雪で染まったかのような白いグランドピアノに、赤い花びらを散らせた薔薇を飾り、降りゆく雪をバッグに、甘く奏でるのは今日の最後を飾るバラード。
このホテルの、このバーで、雪が降る窓辺で弾くピアノは、明日で最後。

そう思うと泣きだしたい様な、寂しい衝動に駆られたけれど、明日までは笑っていようと胸に決めていた。
悲しい一歩じゃないから。
新しい一歩を踏み出すから。
けれど、振り返ってしまいそうになる未練は一つだけ。

クリスマスまでの一週間、必ず窓辺で私のピアノを聴いてきた彼。
その彼と会えなくなるのが寂しいと思うぐらいだろうか。

毎年現れる窓辺の彼に心を奪われる。

頬杖を付き、目を閉じて聴いてくれる。
その綺麗な横顔、すらりとした長い指先、上品そうに微笑む姿。
まるで絵本の中から飛び出して来た王子様のように私の心を簡単に魅了してしまった。

話しかける勇気は全くなかったけれど。
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