聖夜に薔薇を
「相原さん、非常に言い難いんですが……キャンセルです」

「……え?」

 咄嗟に意味が分からず目を瞬かせる花乃に、困った様な顔をして葛西が続ける。

「食事が終わって、指輪を取り出してプロポーズに至ったらしいんですが、断られ大喧嘩。お二人共そのまま別々にチェックアウトしてお帰りになったそうです」

「は?!」

 予想外の展開に、思わず大声をあげて手にした花を取り落としそうになった。
 元々彼らはチェックインしてフロントに荷物を預け、そのまま食事に向かっていた。なのでレストランで喧嘩別れした後は荷物を受け取り精算を済ませて、それぞれそのまま帰ってしまったらしい。

「チェックイン後の事ですし納得の上で代金は全額お支払頂いたのですが」

「この花は完全に無駄になったって事ですよね……」

「まあ、そういう事になりますね……無理矢理来て頂いたのに本当に申し訳ありません」

 思わず二人共無言になって、華やかに飾られた室内を見渡す。不要になってしまった大量の花。誰の眼にも触れる事なく今から撤収させるのだと思うと、疲労感とむなしさが込み上げてきた。

 フロントと話をしてから戻って来ます、と言って葛西が部屋を出て行く。
 残された花乃はのろのろと後片付けを始めた。役目を失ってしまった赤い薔薇を一本手に取って眺める。支払いはされるといっても、花が無駄になってしまったのは花が好きでそれを扱う人間としてかなり残念だった。
 店舗に戻ってから小さなアレンジに直して販売しようか。クリスマスなので閉店間際になっても花を買い求めに来る客はいる。ただし元はプロポーズを断られた客の為の物だ。あまり縁起は良くないかもしれない。花に罪はないけれど。
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