スーペリアルームの恋愛倫理
「ふたりっきりで和泉(いずみ)ちゃんを祝いたくてさ」
「だから"ちゃん"づけで呼ばないでって」
「それ教育実習のときもよくいってたよね」
「それはそうでしょ? 先生だったんだから」
「じゃあ、いまはいいじゃん」
「もうそんな年齢じゃないでしょ」
「和泉ちゃんは和泉ちゃん」
「アラサーをからかわないでね」
私が知っている慶ちゃんは子ども。
オムツも変えたことがあるし、怪我してわんわん泣いていたのも知っているし、それに教育実習のときだって散々からかわれた。
とにかく、バツイチでアラサーな私の誕生日をふたりっきりで過ごす相手ではないのだ。
「帰ってきてくれてありがとう」
「なんの話?」
「俺の気持ち知ってるでしょ」
「知らないよ」
「そろそろわかってよ」
「いやいやいや、やめてほんとに無理だからっ!」
「和泉ちゃん」
「――なによ」
「誕生日おめでとう。それから離婚してくれてありがとう」
そして子気味よい音を鳴らせグラスを重ねてきた。ふと窓の外へ目をやれば無数に輝く光が幻想的だ。
こんな雰囲気のある高い部屋で慶ちゃんとふたりっきり。
小さいころから好きだ好きだとは言ってくれていたけれど、きちんと告白されたのは慶ちゃんが中学のときで教育実習の最終日。
つぎに告白されたのは結婚式の前日で、まだ14歳の慶ちゃんが「行かないでほしい」と声を震わせていた。
それは覚えているよ?
胸が締め付けられる想いがしたもの。
だけどハッキリいって恋愛対象ではない。だって8歳も下なのだから。
「好きだ」
「やめて」
「やめないよ」
「冗談きつい」
「冗談じゃないのは和泉ちゃんがよく知ってるはず」
「知りません」
「俺にもチャンスちょうだいよ」
「無理だって」
「俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないけどさ、それとこれとは違うでしょ?」
「なにが違うの?」
まだ喋れないころの慶ちゃんを知っている。
はじめての制服に身を包んだ小生意気な慶ちゃんも知っている。
そしていま、スーツ姿でワイングラスを傾ける慶ちゃん。
見慣れないし変な気分。