スーペリアルームの恋愛倫理
「私バツイチだよ」
「そんなの知ってるし」
「そうじゃなくてさ」
「まだ子どもに見える?」
「見えるよ! 普通にそう見える!」
「社会経験は和泉ちゃんより先輩だけど?」
それを言われると身も蓋もない。だけどさ?
「私32歳になったんだよ? 慶ちゃんまだ23歳でしょ」
「学生でもないし、もうそれ関係なくない?」
「あるよ! 慶ちゃんには私なんかじゃなく、もっとふさわしい子がいるから!絶対!!」
「ずっと好きだった俺に対して、そんなこという? それが和泉ちゃんの答え?」
「こ、子どもにしか見えない!」
すると小さく息を吐きだした慶ちゃん。
そして、私の元へ歩み寄ってきた。
「もう子どもじゃないよ」
「わ、わかったから」
目の前にいるのは男性だ。
そんなのわかってるよ。
泣き虫な慶ちゃんでも、制服な慶ちゃんでもない。
「試してみようよ」
「な、なにを?」
「キスしてみればわかるかなって」
「ちょっと!」
「拒否するなら全力でして。これ以上は傷つきたくないし」
それは私が知っている慶ちゃんじゃない。
どこか寂しそうで、そして大人な表情をしていた。
まっすぐな眼差し。
今日は一歩も引きそうにない。
「……」
ええい、もお知らない!!!
「い、いずっ、いずっ」
「これでいい?」
「いずみちゃん!!?」
「満足した?」
軽く唇を合わせただけ。
だけど、思いのほか顔が熱い。
「こんな高い部屋で、お祝いしてくれたお礼なんだから。それだけだよ」
「ほんとにそれだけ?」
「うん」
「顔が真っ赤だけど?」
「――やだもう、見ないでよ」
ただ雰囲気に飲まれてしまったのかもしれない。それだけだ。
けれどそのまっすぐな眼差しに吸い込まれるかのように、ふたたび唇を重ねた私たち。
こんなはじまりって、あるのだろうか。頭の隅ではそんなことを思うのに。
新しい扉を開けてしまった気分。
「ねえ和泉ちゃん。俺たち恋愛はじめてみない?」
専用の鍵でしか開かないスーペリアルームはパンドラの箱。知らなかった新しい世界が広がっていた。
「どう?」
「うーん…」
それもいいかもしれない。
(完)