涙のYOKOHAMA
『寿彦さんは私より、野球が好きやもんね!』

そう言葉を投げつけると、目の前のビールを一気飲みした。私の反応に、寿彦さんはポカンと口を開けた。

すぐに『ごめん』のひと言が欲しかった。私より、野球を優先する寿彦さんを、この日はどうしても許せなかった。

『もういい。別れる』

テーブルに千円札を叩きつけるようにして置くと、店を飛び出した。

寿彦さんは、追ってはこなかった。ふたりの関係はこんなもんだったと気がついて、悔しいやら、腹が立つやら。

すぐに同期に電話をした。近くにいるから……と、話を聞いてもらうことになった。

『まぁ……腹が立つのはわかるけれど。寿彦さんは本当に野球が好きだからね』

そんなこと、わかっている。私がいちばんの理解者だから。

『わかってるねん。でも、今日は無性に腹が立って……』

私の独り相撲やったと、改めて気づかされると、悔しい。

『勢い、やったとはいえ、寿彦さんと別れたのは残念だなぁ』

『残念……って?』

『だって。あんなにいい人、いないから』

たしかに。無口で無表情で、なにを考えているかわからない人だけれど。

いつでも、どんなときでも、私を受け入れてくれた。

あんなにいい人は、いない。

ひとりになった夜、私は一生分の涙を流した。この涙を枯らして、記憶の中から寿彦さんを消し去ろうとした。


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