ブルーカクテルで乾杯を
それから約二か月。
イブの日に、『今度はここのバーも行ってみたいね』なんて話していたこともあって、今日初めてそこに訪れていた。もちろん、彼と。

ダウンライトが大人の空間を演出していて、懸命に落ち着いた大人を演じていたけれど、本当はドキドキしっぱなしだった。
バーテンダーがスマートに注文したカクテルを出してくれて、黄色のカクテルに笑顔を向けた。

「前のお店とは雰囲気がまた違うね。同じ建物内なのに、別空間がいくつもあって、ホテルってすごい」
興奮を抑えながら小声で隣に話しかけると、「そうだな」と生返事がくるだけ。

「どうしたの?」

今日、会ってから浮かない顔をしていたのは明らかだった。
さすがに気になるし、勇気を出して口にして窺うように視線を向ける。

「……俺、新規プロジェクトのチームに抜擢してもらえた。春から中国へ行く。何年掛かるかわからない……梓乃。一緒に来ないか?」
「一緒に……って」
「結婚、っていうことになるな」

突然のプロポーズに、頭がついていかない。目を剥いた私に、彼は言った。

「いや。返事は今度でいいから」


それから一週間後。
私は考え抜いて、結婚の話を断った。

彼は、「そう言われると思った」と笑って、私たちはその日、いつもと同じように隣合わせに座ってラーメンを食べて別れた。
最後は「じゃあ」と僅かに微笑んで。

その後、茫然として、あのバーに足を運んだ。
ひとりでカウンターに座っても、不思議と緊張はしなかった。

きっと、そんな余裕もないくらいに心に穴が開いてしまったから。

私はまだ、仕事を捨てられない。だからって、簡単に『続けよう』とも言えなくて。
それはきっと向こうも同じ。挑戦してみたい気持ちは固まっていて、私に『待っていて』と言えないんだ。
私たちは、自分のことしか考えられなくて、でも、お互いを蔑ろにしたわけでもない。

それが、痛いほどわかるから。

「どうぞ」

涙を一滴落とした時に、バーテンダーからグラスを差し出されて顔を上げた。

一杯目を飲み干したあと何も注文していなかった私に、バーテンダーは「試作ですが、よかったら」とひとこと添えた。

そのカクテルグラスにもう一度視線を落とすと、まるでイブの日に見た夜景がグラスに浮かんでいるみたいで私はまた涙を溢した。
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