Sだけじゃ、たりない。
「えっ」


思わず、声を出してしまった。

私の目の前に立っているのは間違いなく仁だ。しかしさっきまでとは何か違う。

顔が、明らかに違う。

怒っているのか、目つきは鋭く、口角は下がり、気だるそうに髪を手でクシャッと崩して、そのまま私を見下すかのような目で見ている。

さすがの私も怯んでしまい、言葉に詰まる。


「…ああ、アレってキスのことかぁ」


「う、うん」


「どういうこと、って逆にどういうこと」


「え」


「俺がするキスに理由なんてあるか?」


「えっ、え?」


「俺がお前にキスしたいと思ったから、した。それだけ」


パンッ!!!


気づけば私は、仁をビンタしていた。

目からは大粒の涙が、私の意図とは裏腹にどんどん溢れてくる。
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