極上な彼の一途な独占欲
それまでのリズム通りに、伊吹さんが答えようと口を開けたのが見えた。

けれど彼はなぜかためらい、また口を閉じてしまった。


「やめておく」

「なんで?」

「こういうのは、挙げていくとびっくりするほど少なく思えるから」


うつむき加減に、生真面目に言う伊吹さんを、驚いたような顔で眺め、遥香がぷっと吹き出す。


「たくさんありすぎて困るんだね」

「個々に列挙しづらいってだけだ」

「わかるよ。でも"全部が好き"なんて言ったら途端に嘘くさくなるの。理不尽」


遥香は、つんと不服そうに顎を上げた。

伊吹さんも、ついに小さく吹き出す。


「理不尽か」

「私、帰ります。お疲れさまでした」

「足は?」


立ち上がった遥香が、衣装である高いヒールのブーツのまま、タップダンスのステップをタカタカッと踏み、最後にくるんと回ってみせた。

伊吹さんが感心したように手を叩く。

一瞬、ふたりが無言で見つめ合った。紫煙だけがゆらゆら揺れている。

先に響いたのは、伊吹さんの声。


「俺は、謝ったほうがいい?」


遥香は私に背中を向けているので、どんな顔をしたのかわからない。だけどはっとしたのが、身体のわずかな反応で伝わってきた。

やがて、遥香はベンチコートに片手を入れ、もう片方の手を振った。指先には煙草がある。


「これで十分です」

「おやすみ」

「おやすみなさい。美鈴さんとうまくいくといいね」
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