極上な彼の一途な独占欲
微笑み合って、ふたりは別れた。

遥香は外を通って控え室に戻るつもりらしく、私の壁一枚向こうを歩いていく。

伊吹さんはボンネットに腰を下ろしたまま、一息、煙草を吸って、スーツの胸ポケットから携帯を取り出した。画面を少し触ってから、耳に当てる。

2、3秒したとき、私のポケットで携帯が震えた。

わ、わ…音出していなくてよかった。

私は焦って、伊吹さんから少しずつ距離を取りながら取り出す。画面を見て、自分で自分の感情がわからなくなった。

伊吹さんからの着信。

手の中で震えている携帯を見つめる。いつも片手でぱっと押してしまう通話ボタンを、おそるおそる、反対の手の指でさわった。


「…はい」

『お疲れ。もうホテル?』

「いえ、まだ、会場です」

『なにしてた』


静かな、優しい声。

胸の奥が脈打ち始めた。ドキン、ドキン。痛いくらい。

少し離れてしまったので、それと彼が声を低めているので、肉声は聞こえない。携帯からの声だけ。

だけど姿は見える。くつろいだ感じに、脚を開いて座り、指に挟んだ煙草を見つめながら、携帯に耳を傾けている。

自分でも気づかないうちに、足が動いた。一歩、一歩。


「…伊吹さんを見てました」


思いもかけない返答を、冗談だと思ったのか、伊吹さんが眉をひそめる。近づいた私の影が、戸口の四角い光の中に黒く浮かび、彼の足元まで伸びた。

はっと顔を上げた伊吹さんが、目を丸くして私を見た。携帯は耳につけたまま。呆然とした顔で携帯をポケットに戻し、呆れたように笑う。


「…その台詞、ちょっとしたホラーだぜ」

「私、伊吹さんが好きです」


今度こそ彼はぽかんとしてしまった。

私は携帯を握りしめたまま、湧き出てくる言葉を吐き出した。
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