極上な彼の一途な独占欲
伊吹さんは、いつものスーツの上に濃いグレーのスタンドカラーのハーフコートを羽織っている。笑う口元に散る息がうっすら白い。

駅の反対側にも商業施設やホテルが立ち並んでいる。オートショーのシーズンになると、このあたりのホテルは関係者で埋まる。会場から近いホテルは、大手自動車メーカーが定宿としてキープしていて、新参やパーツメーカーが使えることはまずない。

伊吹さんが向かったのは、少し離れたところにある古めかしいホテルだった。


「わあ、きれい」

「ここまで来れば、知り合いにもまず会わない」


周囲にあまり高い建物がないおかげで、16階という高さからも十分夜景が見渡せる。大きな窓の向こう、都心の光の粒がちょうど正面に広がっている。


「窓際のお席になさいますか?」


コートを預かってくれた店員さんが、景色に見とれる私にそう微笑んだ。


「はい!」

「あ、おい」


はっ、思わず伊吹さんの意向も確かめず答えてしまった。


「すみません、まずかったですか」

「いや、まずくはないが…」


案内された席を見て、伊吹さんのためらいの理由がわかった。窓際はすべて、小さな半円形のテーブルに赤い椅子が置かれた、カップルシートだったのだ。


「…すみません」

「謝るな。かえって複雑だ」


ですね…。

今さらやっぱり奥の席でとも言えず、それぞれ椅子に座る。カウチじゃなくてまだよかった。

そうがっつく気はないとはいえ、一日働いたおかげでやっぱりおなかはすいている。メニューを開くと、ほどよく品があり、ほどよくカジュアルな料理が並んでいて安心した。気を遣わずに飲めそうだ。
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