極上な彼の一途な独占欲
「なんでもない。今日別件の打ち合わせでしょ、戻ってくる?」

「そうねー、何事もなく済めば戻ってこようかな。難しそうなら連絡するわ」


控え室内には、休憩中の女の子たちが数名いる。

化粧前と呼ばれる鏡台を使えるのは、ステージでのプレゼンが許されている子たちまで。ガイドスタッフは共用のテーブルの上で、自前のミラーを立ててメイクをする。スペースや予算に限りがあるせいとはいえ、ここでも格差。

最初、こうした文化に眉をひそめた経験のある私も、実はこれがいい競争意識を生んでいることを学んだ。

今回化粧前をあてがわれている女の子が、次の仕事でも同じ待遇を受けられるとは限らない。それをもっともよく知っているのは本人たちだ。だから待遇のいい子も、それを鼻にかけたりしない。

次もこの場所に。次こそあの場所に。みんなそう思いながら仕事をしている。


「暢子、一度ネギちゃん呼んでいい? 衣装のメンテナンスが必要そう」

「声かけておくわ」


長期のショーなので、一時的にここがオフィスと化している。私も暢子もホテルに泊まり込み、ほかの仕事があるときはここから向かう。


「思ったより衣装の劣化が早いなあ。中山さんに費用の相談しなきゃ…」

「見積もり、適宜更新しておいてね」

「了解」


愛用の黒い大きなトートバッグに荷物をまとめて出ていく暢子に手を振った。そこに女の子のひとりがやってきた。


「あの、美鈴さん、聞いてください」

「うん?」


葵ちゃんだ。衣装の上に白いベンチコートを羽織って、目を輝かせている。


「すごいんです、伊吹さん」

「伊吹さん?」

「前にテストされた、ここから近いショールームとか大型店舗とか、本当にお客様からよく聞かれるんです! で、ちゃんとお答えしていたら今朝、伊吹さんがこっちを見てちょっと笑ってくださって。ほんとちょっとですけど」


かわいらしい頬を染めて、顔の前で手を合わせた。


「私のこと、覚えててくださったんです、すごいと思いませんか」

「葵ちゃんががんばってるから、見ててくれたんだよ」

「嬉しすぎます。私、これからもがんばります!」
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