極上な彼の一途な独占欲
「あたしはねえ…」

「お客様」


いきなり背後で聞こえた、鋭い声にはっとした。

振り返ると、やっぱり伊吹さん。けれど彼が声をかけた相手は、私たちではなく、私のすぐ後ろにいた男性だ。

「エルケーニヒ!」と少女のような弾んだつぶやきを漏らした神部を肘鉄で黙らせる。伊吹さんが、ドイツ語がわかる人だったらどうするのよ、バカ!

すぐにエレベーターが終わり、私たちは次々と上階の床に降り立った。声をかけられた男性が、私と神部を押しのけるように間を通り、どこかへ走り去る。

え、なに?


「天羽、お前、撮られてたぞ」


後から降りてきた伊吹さんが、男性の背中を見ながら息をついた。


「撮られてた?」

「スカートの中」


え!

でも、今日の私はただの黒いスーツで、スカートも膝丈、寒いからストッキングですらなく、タイツだ。撮りたくなるような要素はどこにも…。


「これだけ女の子が溢れてるのに…」

「世の中には、いろんな嗜好があるってことだろう」


なぜだろう、同じようなことを考えていたにもかかわらず、この人に言われるとかちんと来るのは…。

上階にも小さなブースや物販コーナーがある。そこを歩きながら伊吹さんが襟のマイクに手を伸ばした。


「要注意のお客様。ブルージーンズ、黒いダウンジャケット。これは脱いでいるかも。中は黒いニット。小柄で40代くらい。見つけたら女性スタッフに近づけないように」


イヤホンで会話を聞いている人特有の、宙をにらむような目つきをした後、マイクから手を離す。


「その場でしょっぴいてやれたらよかったんだが」

「難しいですよね」
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