極上な彼の一途な独占欲
伊吹さんのスーツには、誰もが知っている車のロゴの襟章がついているし、首から提げているパスにも会社名が書いてある。これでお客様を犯罪者扱いするのはリスクが高すぎる。

すいている上階を通ってほかのブースへ行くところだったらしい伊吹さんは、階下へ向かうエスカレーターが近づくと、そちらへ足を向けた。


「あとで警備にも伝えておく。お前も気をつけろよ、妙な趣味の奴もいるんだ」

「妙な趣味ですみませんね!」


どうせコンパニオンたちみたいに、若くてきらきらしていませんよ!

思わず言い返した私に、彼がきょとんとする。私に向けていた人差し指を、身体の前に浮かせたまま、しまうのも忘れた様子で。


「…こそこそ隠し撮りしたりするのが好きな奴って意味だ」

「あ…」


そっちか。

私は勝手に怒ったことに恐縮し、「すみません」と赤くなった。とそのとき、腕にどすっと打撃が来る。神部がすごい形相で横目に私をにらんでいた。いけない、忘れていた。


「あの、伊吹さん、こちら同業の神部社長です。今回国内メーカーさんのコーディネートを担当してまして、1ホールの」

「あ、そうでしたか、これは失礼」


別方向に行きかけていた彼が、一度足を止め、戻ってきた。内ポケットから黒い名刺入れを取り出し、神部と交換する。


「伊吹です。ご担当のブース、拝見しました。複雑なオペレーションが必要そうに見えるのに、全員がよく対応していてすばらしいなと」

「ありがとうございます。別の場所に、ブースと同面積の練習場を用意して、そこで導線やオペレーションの訓練をしたんですよ」

「すごいな、そこまで」


うぐ…。伊吹さんの率直な称賛が刺さる。神部の会社は、母体となる親会社がタレント事務所や養成所を経営している超大手だ。並べられたらうちなんて、砂粒くらいの存在。

こういうとき、安易に得意げな顔をしたりしない神部もさすがだ。陰からあれだけ秋波を送っていたくせに、今はきっちり経営者の応対をしている。


「ぜひ私がいるときにまたブースにお越しください。さまざまなメーカーさんから引き合いのあるコンパニオンをご紹介しますわ」

「ありがとうございます。機会があれば」


にこりと愛想よく微笑んで、伊吹さんは階下へと降りていった。
< 46 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop