極上な彼の一途な独占欲
「大丈夫です。もともと貧血持ちで」

「そんなところで女らしさを発揮しなくていい。鉄鍋でも買ってレバー食ってろ」


うう、一日ぶりに聞くと毒舌のキレもいい。でもなにも言えない。

運悪く今日は二日目で、毎月体調を崩すときなのだ。打ち合わせやデスクワークならしのげるのだけれど、一日立ち仕事というのが効いた。

加えて昨日からのトラブル続き。

いや、トラブルという言い方は自然発生したみたいで正確じゃない。すべてスタッフの不注意や意識不足から来た、れっきとした不祥事だ。

機密漏洩に続いて、今度はさまざまなクレーム——お客様に誤情報をお伝えしてしまったり、接客態度が甘かったり。ステージの昇り降りの際に足を踏み外して捻挫、なんていう事故もあり、昨日今日と気が休まらなかった。

当然ながら昨日は閉場後に臨時ミーティング。女の子たちに再度気を引き締めてほしいと話をしたにもかかわらず、今朝はなんと遅刻した子がいた。

家にも帰れず、ただでさえ神経を使ってくたびれる連日のショー業務。うまくいっているときでも疲労が溜まるのだから、いっていないときの心身へのダメージたるや。

お昼休憩に入ろうとしたとたん立ちくらみを起こし、ここで休んでいたのだ。

ふと温かないい香りがした。顔を上げると、目の前の応接テーブルに湯気の立ったプラスチックカップが置いてある。紅茶だ。


「…ありがとうございます」

「顔色悪いぞ」


伊吹さんが自分の分のカップを持って、向かいのソファに腰を下ろした。案じるような目つきで、私を観察する。


「少し休めば治ります。それよりあの、機密の件は」

「うちのカスタマー部門に任せてきた。ネットでデマが拡散しようが炎上しようが、対処法を心得てるプロだ。もうこっちの手は離れたと思っていていい」


その対応のために、伊吹さんは昨日本社に戻らねばならず、その後タイミングが合わなくて、ずっと会えなかったのだ。


「申し訳ありません…。情報自体は、社員さん同士が話しているのを聞いて知ったそうです。本人はよかれと思ってお客様に話したつもりなのですが、取り返しのつかないことを」

「構わないと言ったろう」


コップに口をつけてから、「いや」と言い直す。
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