極上な彼の一途な独占欲
「構わなくはない。でももうしかるべき措置が取られた。お前のほうでも当然、彼女らに対してなにかしら対応をしてくれたんだろ?」

「もちろんです」

「ならもういい」

「でも」


こういう状況で『もういい』という言葉を聞くのはつらい。最初から期待していないと言われた気がするからだ。

なおも言い募ろうとした私より先に、伊吹さんが冷静に続けた。


「そもそもは、人の聞いている場所でそんな話をした社員が悪い。それにこの時期の中だるみくらい、想定の範囲内だ。事故や大怪我に繋がるようなものじゃなくてよかった」


香りからして、彼が飲んでいるのはコーヒーだ。

口元に持っていったカップを、慎重に吹いてはすする仕草は、人間くさい。


「お前が体調を崩すほど気に病む必要もない」


カップの中に気を惹かれるものがあるみたいに、視線を落として。

慰めようとしてくれているわけではない。事実、想定の範囲内だからそう言っているだけに見える。

それでも、私がその言葉で安らぐのを、わかっている。

…どうしてそういうずるいことするの。

どんな顔をすればいいかわからなくなり、再びタオルを目に押しつけた。

そのとき、ドアがノックされる音がした。


「美鈴、具合どう? ネギちゃんが来てくれてるわよ、あとで…」


暢子が室内を見て、あっという顔をする。


「失礼しました、伊吹さん」

「いや」


伊吹さんはカップを手に立ち上がった。ドアのほうへ向かう途中でインサート部分をゴミ袋に捨て、暢子に話しかける。


「見ててやってくれ。回復するまでブースに出さないでほしい」

「かしこまりました」
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