極上な彼の一途な独占欲
「…夜もご一緒できるのかと思ってたのに」


ホテルの駐車場に車を停め、エントランスに向かう途中、私はぼやいた。

伊吹さんは「悪い」と申し訳なさそうにしている。今夜は仕事のつきあいがあるのだそうだ。


「天羽と休みがかぶると知ってたら、入れなかったんだが」

「私、楽しかったです、今日」


6時を回ったところで、もう空は暗い。昨日ほどではないにせよ冷え込みは厳しく、吐く息は白い。

隣を歩く伊吹さんが、ちょっと目を細めて「そうか」と微笑んだ。

はい、楽しかったです。

いろんなくだらない話をたくさんして、ナビが下手でだいぶ怒られたけれど、それもまた楽しくて、無駄に費すはめになった時間も愛しくて。

全然デートって感じのコースじゃなかったけれど、まったく気にならなかった。


「伊吹さんも?」


尋ねると、彼が私を見てふっと笑う。

それからコートに入れていた手を出して、ふたりの間に浮かせた。

それはなにかを渡そうとしている仕草にも見えて、私はよくわからないままに、同じくコートに入れていた右手を、彼の手の下に差し出した。

その手を握られた。

長い指を、私の指と浅く交差させる間も、伊吹さんは優しい視線を合わせたまま。


「俺も楽しかった」


エントランスの灯りで道が照らされるまでの、ほんの数メートル。ほんの数歩。私たちは手を繋いで歩いた。

明るい場所に出た瞬間、伊吹さんはそっと手を離し、それからはいつもの流れ。ロビーを横切ってエレベーターホールへ行き、別々のエレベーターに乗る。

ただいま、日常。
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