極上な彼の一途な独占欲
振り返ると、ホールの端から早足で向かってくる姿が見えた。ネクタイなし、眼鏡。近づいたらさらに、髪が乾ききっていないのもわかった。


「中山さん、ありがとう、助かった」

「いえいえ。体調がよくないのかと心配しました。違ってよかったです」


ホテルからほとんど走ってきたんだろう、息を弾ませている。

私に目を留めると照れくさそうに微笑んで、「おはよう」と声をかけてくれた。


「おはようございます」

「ちょっとこれ、持っててくれ」

「え」


渡された鞄を胸に抱き、控え室のほうへ向かう伊吹さんに反射的について歩く。歩きながらコートを脱いで、それも渡してきた。続いてスーツの上着も。


「朝礼まで時間もありますし、そんなに急いでいらっしゃらなくてよかったのに」

「そういうわけにもいかない」

「飲みすぎた感じでもないですね?」

「うん、違うな」

「じゃあ、どうして」


ワイシャツの襟を立て、ネクタイを結び始めた彼の顔を覗き込む。歩きながら、慣れた手つきで器用に結び目を完成させ、私の手から上着を取り上げる。

袖を通しながら控え室のドアを開け、「さあ」と首をかしげた。


「単に、気持ちよく寝すぎたんじゃないか」

「マッサージでも受けたんですか?」


預かっていたコートをハンガーにかけ、鞄を手渡した。

伊吹さんがそこからPCを取り出し、電源に繋ぐ。立ったまま机に手をついて、起動画面を見つめながら、彼が言った。


「いい一日だったからだろ」


手の中の、男性物のコートの重みをふいに意識した。伊吹さんの香りのするコート。抱きしめられたときに頬に触れた、表地の肌触りをまだ覚えている。
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