極上な彼の一途な独占欲
せっかく当日一緒にいたんだから、"おめでとう"くらい言いたかった。


「そもそも、そんな大事な日に、私と過ごすとか」

「たまたまその日が休みだったんだ、仕方ないだろ」


まあ、そうですよねとうなずきつつ大人の味のケーキを頬張る。けれど伊吹さんの言葉には続きがあった。


「というのが半分で」

「え?」


つい見上げると、意味深な微笑みとぶつかる。

周りはケーキに夢中で、このひそやかな会話を気にしている人はいない。


「…残りの半分は?」

「そんな日だから、だ」


脇にバインダーを挟み、紙皿を持ちフォークを持ち。そんな不自由な体勢でものを食べる様子さえ、どこか品があって様になる。

彼は言うとき、私を見なかった。顔はこちらに向けたまま、なんでもなさを装うみたいにちょっと目線だけそらした。

伊吹さんが照れるときの仕草。

急にポケットの中で携帯が振動し、はっとした。


「あっ、あれ、なんだろ、すみません」


慌てて取り出して、ぎくっと身体が強張る。画面を見られていないことをつい確認した。伊吹さんはちょうどほかの人に声をかけられたところだ。大丈夫。


【着信:結城一博】


どうして番号を消していなかったのかって?

どうして番号を変えなかったのかって?

後者は仕方ない、仕事用とプライベート用の携帯を分けていない私にとって、男と別れたくらいで番号を変えるなんてことは許されないのだ。

じゃあ前者は?

どうしてあんな男の番号を、いまだに後生大事に携帯に入れていたの。


「…はい」


少し離れたところで電話に出た。声が震えた。
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