ひとりピクニック
ゆっくりと列車はスピードを緩め、やっと終着駅へと到着した。
ホームにつくと赤ちゃんを抱いた女の人が心配そうに窓から車内を窺っていた。
「あ、おかあさん!」
その姿を見て、女の子が火が付いたように立ち上がり開いた扉からホームへ出ていく。
「おかあさん! おかあさん! あたしひとりで列車に乗れたよ! ちゃんとおじいちゃんちから帰って来たよ!」
興奮気味の女の子がぴょんぴょんと飛び上がりながら早口でそうまくしたてる。
「山が見えたよ! 田んぼも、畑も! お馬さんもいたし、お船が海を走ってたの!」
はじめての一人旅の興奮を必死に伝えようとする姿を横目で見ながら、私はひとり列車を降り駅を出た。
そういえば、母に帰るって言ってなかったな、と思いバッグからスマホを取り出すと、メールが一通届いていた。
開くと恋人からだった。
『さっきは仕事中でゆっくり返事できなかった。急に実家に帰るってなにかあったのか? 日曜でいいなら車で迎えに行ってやるから、連絡して。久しぶりにお前の実家にも顔出して挨拶したいし』
相変わらず絵文字のひとつもない素っ気ないメールに、思わず苦笑いした。
今度彼を誘って一緒にピクニックに行ってみよう。
そうぼんやりと思った。
ふたりでサンドイッチを食べながら、たくさん話をしよう。
見たもの全部必死に伝えようとするあの女の子みたいに、私が今思ったこと感じたこと全部、伝える努力をしてみよう。
あの小さな女の子の言うように、自分の持ってるものを大切にして生きて行こう。
魔法瓶の中には、彼好みの濃い目にいれたコーヒー。
切り目を入れたソフトフランスパンに、クリームチーズを挟み、その上にローストアーモンドとメープルシロップを少し垂らす。
それを銀紙でくるんで魔法瓶と一緒にバスケットに入れたら、ピクニックに出かけよう。
【END】