流れ星はバニラの香り
 惨めだった。こんな豪華で身分違いなホテルに泊まってるっていうのに、今私が持っているのはコンビニのビニール袋。そのなかに入ってるのもカップのアイスとプラスチックのスプーンだけ。多少、普段なかなか食べないやつを買ったけども。それにしたって、惨めすぎる。
 ほんの三十分前までは、こんなはずじゃなかったんだ。一彦が今日のためにと予約してくれたホテルにチェックインして、やたら広くて夜景のきれいな部屋でまったりして、ドレスアップしてディナーに出かけた。そう、そこまでは完璧だったはず。そのあとに展開されることなんて、最上階のバーで静かにお酒飲んで部屋に戻って、っていうベタだけど憧れるパターンだったはず。
「俺、美鶴とはこれ以上、一緒にいられない」
 最上階ではないけれど、眼下にイルミネーションやビル灯りが広がるレストランで、一彦が最後に切り出したのは、別れのことばだった。
「美鶴とつきあってたのは楽しかったし、しあわせだった。でも、俺にはもったいないよ」
 デザートのガトーショコラに添えられたバニラアイスを、私はみっともなく膝に落とした。そして次の瞬間、スプーンが飛んだ。それを一彦は避けもしなかった。ただ、悲しそうな申し訳なさそうな曖昧な笑みを浮かべて、私を見ていた。
 私を、憐れんでいた。
 今まで泊まったこともないような、ハイクラスのホテル。そこで用意されたとてもおいしいディナー。それらはただの、手切れ金みたいなものだった。もったいない、なんていかにも俺が悪いんだよお前のせいじゃないんだよ的な耳障りのいい台詞を口にして、自分に酔ってるだけの、最悪なパターンだった。
 膝の上に広がったバニラアイスだけが、現実みたいだった。
 不穏な空気を察知したギャルソンがスマートな仕草で私の元へやってきたけれど、笑顔を向ける余裕なんてなくて、そのまま立ち上がった。
「今日は、泊まっていって」
 一彦からの追い打ちに、蹴りを入れなかっただけ自分が偉い。
 久しぶりに履いた七センチのヒールが、ホテルに似合わない音を立てた。
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