流れ星はバニラの香り
それから三十分後、私は無性にバニラアイスが食べたくなって、ホテルの外に出た。今日のためにと買った黒のベルベットのワンピースは、部屋のゴミ箱に突っ込んだ。念のためにと鞄に詰めておいた、高くはないニットワンピースを着て、七センチのヒールを履いて、一番近いコンビニへと向かった。
雪こそ降ってなかったけれど、冷たい空気が、私に突き刺さる。それがコンビニに入ると和らいで、ホテルに帰るためにまた晒されるのかと思うと、そこから出たくなくなってしまった。出たけれども。
似合わない格好、似合わないコンビニのビニール袋。ドアマンに迎えられて入るホテルは、ほんとうに、別世界だった。なんでこんなところに着たんだろう。そう思わせるような華やかさ。周りを行く人はみなこぎれいで胸を張って歩いているのに、私だけが場違いな人間だった。人間かどうかもあやしい。周りからしたら、ただの虫かもしれない。
それでも私は、背筋を伸ばして、ヒールを鳴らしてエレベーターへと向かった。恋人に振られて、挙げ句お詫びの宿泊までさせてもらってる、惨めな女なりに意地はあった。みっともない、砂丘の砂粒ぐらいのものだけれど。
両脇にずらっとエレベーターが並んでいるのを見ると、軽い目眩を覚えた。このうちのどれかひとつぐらい、全然関係ない場所に連れて行ってくれるものはないだろうか、なんて馬鹿なことを考えてため息が出る。どこに行くっていうんだろう。行くあてなんかどこにもないっていうのに。ボタンを押してすぐにやってきたエレベーターには、私の他に二組のカップルもしくは夫婦が乗り込んだ。あとひとりはホテルの制服を着ていた。
居場所のない私は、隅でひたすら気配を消していた。小さな部屋にいる他の女性はいずれも美人で、きらびやかで、自信に満ちあふれている。足下を彩る高いヒールだって、つやつやに磨かれていて、ちっともすり減っていない。彼女らをエスコートする男性陣は、皺のないスーツに身を包んで、存在感をこれでもかとアピールしている腕時計を袖からのぞかせていた。数種類の香水の香りが入り交じっている割に気持ち悪くないのは、きっとつけかたが上手なひとたちなんだろう。
私とは、種類が違う。
雪こそ降ってなかったけれど、冷たい空気が、私に突き刺さる。それがコンビニに入ると和らいで、ホテルに帰るためにまた晒されるのかと思うと、そこから出たくなくなってしまった。出たけれども。
似合わない格好、似合わないコンビニのビニール袋。ドアマンに迎えられて入るホテルは、ほんとうに、別世界だった。なんでこんなところに着たんだろう。そう思わせるような華やかさ。周りを行く人はみなこぎれいで胸を張って歩いているのに、私だけが場違いな人間だった。人間かどうかもあやしい。周りからしたら、ただの虫かもしれない。
それでも私は、背筋を伸ばして、ヒールを鳴らしてエレベーターへと向かった。恋人に振られて、挙げ句お詫びの宿泊までさせてもらってる、惨めな女なりに意地はあった。みっともない、砂丘の砂粒ぐらいのものだけれど。
両脇にずらっとエレベーターが並んでいるのを見ると、軽い目眩を覚えた。このうちのどれかひとつぐらい、全然関係ない場所に連れて行ってくれるものはないだろうか、なんて馬鹿なことを考えてため息が出る。どこに行くっていうんだろう。行くあてなんかどこにもないっていうのに。ボタンを押してすぐにやってきたエレベーターには、私の他に二組のカップルもしくは夫婦が乗り込んだ。あとひとりはホテルの制服を着ていた。
居場所のない私は、隅でひたすら気配を消していた。小さな部屋にいる他の女性はいずれも美人で、きらびやかで、自信に満ちあふれている。足下を彩る高いヒールだって、つやつやに磨かれていて、ちっともすり減っていない。彼女らをエスコートする男性陣は、皺のないスーツに身を包んで、存在感をこれでもかとアピールしている腕時計を袖からのぞかせていた。数種類の香水の香りが入り交じっている割に気持ち悪くないのは、きっとつけかたが上手なひとたちなんだろう。
私とは、種類が違う。