イヴに失恋した広島県民・仲吉くるみが、謎の詐欺師と慰め合うお話。
本編~
玄関の大きなツリーは、華やかなオーナメントと偽物の雪で覆われている。
12月24日のクリスマスイヴ。
都内を当ても無く徘徊した後、そのラグジュアリーな外観に惹かれて……せめて豪華なトイレを使ってやる!と、それだけの理由で立ち寄ったホテルだった。
今日のためのネイルは攻撃力3000。本気だしたら血を見るゾ。
その指が脇腹に食い込んだ時、男は「うっ」と呻いた。
目の前の女は貰ったばかりのプレゼントを誇らしげに揺らして、
「あなたの彼氏?嘘ぉ、イケメン……」
でっしょ?
あたしは胸を張った。一瞬でそういう男を見極めたのだ。こっちが眼ヂカラで脅している間中、その男は理解と諦めをゴチャ混ぜにした表情で、素直にされるがままである。その女が見えなくなるまで、2人仲良く並んで手を振った。
10分、経過。
そろそろ茶番にも限界が来る。
「……あれは、どの程度の友達?」
「さっき会ったばっかり。もう会う事も無いじゃろ」
仮面は一気に剥がれた。うっかり広島弁が漏れてしまう。
男の目に、同情めいた光が宿ったのを、あたしは見逃さなかった。
その男は上品そうな面差しの、確かにイケメン。スーツ姿もそつがない。
不穏な空気を感じて、ぱっと腕を離れた。
「機転利かせてくれてありがとう。何かお礼せにゃいけん?」
「だったら恩返しに、食事でも一緒にどう?」
それはどっちの恩返しか分からない。早速ナンパか。
「いいです。お腹空いとらんから」
お約束……ぐぅ、とお腹が鳴った。

「体は正直だね」
男は笑いながら、従業員に片手で合図した。
イタリアン・フルコース。
それも個室で予約済み。
なんて豪華なクリぼっち。ズバリ、あたしは誘惑に負けた。
そして酒の魔力にも負けて、身の上をどんどん晒してしまう。
3時間前、東京と広島で遠距離恋愛だった彼氏に振られて失恋。出会ったばかりの女に、彼氏と待ち合わせ中だと見栄を張った……痛い女です。
男の目には、さっきとは違った色の同情が浮かんだ。
と思ったら「まさか未成年じゃないよね?」と上から下まで疑ってくる。
「背は低いけど大人。しっかり25年生きとるよ」
ドレスはもっと深いブルーが良かった?肩までストレート髪が子供っぽい?
自分では凄く頑張ったつもりだけど。
「故郷が遠くにあるって羨ましいな。俺はずっと都内で」
「聞いとりゃせんけど。自慢?」
ついブッた切ってしまう。ご馳走になってる身で喧嘩を売る訳にもいかない。気を取り直して、とりあえず自己紹介する事にした。
「仲吉くるみ、です。今はプライベートで名刺は持っとらんけど」
「なかよし、さん?」
これは嫌でも覚えるな、と男は笑った。それ、仲吉あるある。
「こっちも名刺は無くて。俺は……鈴木です」
覚えやすい。そして忘れやすい。鈴木あるある、乙。
「君は、今夜どこに泊まるの?」
「まだ決めとらんけど」
明日、新横浜から新幹線で帰る。その辺で探すつもりだと話した。
……本当なら今頃、彼の部屋で過ごす筈だったのに。
こっちが食べている間、鈴木は従業員と話している。「空き部屋は」と訊いてくれたけど……アウト。思わずため息をついた。イヴを舐めたらいけん。
彼は「ご苦労さま」と従業員を労って、何やらメモを渡しながら、
「せっかくだから、今日はツインに泊まるよ」
は?
思わず立ち上がった。
「それ何なん?失恋女はヤケくそで遊べる思うとるんか。ありえん。このスケベ野郎!」
「座って、落ち着いて。俺が独りで泊まるんだよ」
「しっかりツインって聞こえたんじゃけど」
「それは元々の予約が……俺も失恋したんだよ。文句ある?」
嘘ぉ。
「それ、あたしより悲惨?本気出したら泣けるん?」
鈴木は吹き出して「ちょっと今は無理かな」と、笑い止まらない。そこからすぐに気を取り直して、他のホテルを当たるよう頼んでくれたけど。
「部屋はええよ。田舎と違って、都会はすぐに汽車動くじゃろ?」
また、くすっと笑われた。広島弁がそんなにツボなのか。
「汽車は無いな。電車ならあるけど」
「感じ悪ぅ。一生、そんなのと泊まりたい思わん」
「いちいち刺さるね。痛たた」とか言いながら、鈴木はずっと喜んでいる。
というか、バカにしてる。「ご馳走様でしたっ」
Xmas限定ディナーは最高だった。初めて食べたフォアグラ、絶対に忘れん。
そこから携帯とにらめっこ。寒さ凌げて、安全で……ネットカフェを検索中、横から鈴木に覗きこまれた。
「そんな悪あがきしなくても……良かったら、一緒に泊る?」
「泊らん」
すると、そこにさっきの女がまた現れた。こっちの頭をポンと叩いて「ダメじゃん、喧嘩しちゃ」ね?と鈴木に笑い掛ける。
「大丈夫。なかよしさん、だから」
ね?と鈴木は微笑んで、あたしの肩を抱き寄せた。
「……確かに、仲吉じゃけど」
勢いに押されるまま、まるで捕まった宇宙人みたいに鈴木の腕にブラ下がって、エレベーターに乗り込んだ。彼は目的地のボタンを押す。
途中で降りた女は驚いた顔のまま、エレベーターの隙間に消えた。

真夜中の花火。
闇に光る宝石。
最上階ロイヤルスイートから眺める外の景色に、ひたすら心奪われている。
「困ったら電話して。受話器を上げるだけで、何も言わなくても従業員がスッ飛んでくる。非常口はこっち」
鈴木は、やたら詳しい。
何の祭りなのか。「適当に見繕って持って来て」と彼が言っただけで、出るわ出るわ。飲み物食い物が、これでもかと言う程集まる。
鈴木はVIP?それともヤベぇ奴?
横睨みしながら、あたしはマシュマロを1つツマんだ。
鈴木は、まるで自分がパティシエみたいに1つ1つ匂いを嗅ぎ、味を確認しながら口に運んでいる。
「鈴木さんって、いくつ?」
「35」
あたしが言うのも何だけど若く見える。
「仕事は?」
「IT関連企業、など」
君は?と訊かれて「今は無職で実家」とここは正直に晒した。
「もう甘える訳にいかん。戻ったら仕事と住む所、探さんといけん」
今年は仕事に生きる!と宣言した。
「今年か。あと一週間だな」
あたしはブーイングを鳴らす。
「下がるぅ。気付けんさいよ。女は空気にシビアじゃけね」
はいはい、と鈴木はまた笑った。というか雑にあしらったな。
「エステの資格持っとるんよ。こういう綺麗なホテルで働くのもええね」
「ここはレベルが高いぞ」と鈴木は何故かドヤ顔。
「5年のキャリアですが」と、あたしはムキになる。
そこから成り行き上、鈴木の肩を揉む羽目になった。人類と思えないほど硬い。
「鈴木さん、整体とか行く人?」
「たまにね」
「通った方がええよ。肩ヤバい」
とん。とん。とん。
こうやって肩を叩いた事もあった。
記念日をこんな部屋で迎えようと盛り上がった事もあった。
「彼ね、他に女がおったんよ。仕事が忙しいって嘘ついて」
つい愚痴ってしまう。
「嘘を付く事と、本当の事が言えないとは、似ているようで違う。君の事を思って言えなかった……と言う事もあるかも」
そういう鈴木は男の側。
庇いたくなるのも分かるけど、あたしはまだ全部を飲み込めない。
鈴木は振り返った。何かと思えば、急に頭を撫でられる。
25歳。大人……それでも撫でられるうち、次第に込み上げてきて、ずずっ、とすすったら「大丈夫?」と顔を覗き込まれた。鈴木の真剣な眼差しに、こっちは誤魔化す言葉を忘れる。慌てて、ゴホンと咳込んだ。
「そういう鈴木さんも振られたんじゃろ?」
こっちも慰めてあげた方がいいかな?と手を伸ばした。
髪に触れて、また目が合って、一瞬で発熱したみたいに顔が熱くなる。
さっきまで余裕で肩に触れたのに……今はドキドキが止まらない。
さっきまで彼氏を思って泣く女が……立直りが早すぎる。
この手がヤバい。年上に、それも男の人に向けて何やっとんの、あたし。
「ヅラじゃなかった!残念!あたし先にお風呂使うねっ」
照れ隠しで猛ダッシュ、勢い、浴室に飛び込んだ。

「浴室も冴えとるのぅ」
アメニティは一流揃い。
猫足のバスタブが乙女心をくすぐる。
鈴木は、振られたばかりの女も惑わされる程イケてる。お金も持ってる。振られる理由が分からない。
のんびり温まって浴室を出た時、部屋に鈴木の姿は無かった。
置かれた携帯、高そうな時計……〝M・T〟
そのイニシャルを、あたしは2度見した。
恐る恐る、彼の上着を手に取る。カードには必ず名前がある。財布を探ってカードを取り出して……滅多にお目にかかれない色に意識を奪われていた。
その時、
「残念。俺は現金を持ち歩かない」
いつの間にか真後ろに、そいつは立っている。
財布を放り出し、距離を取って、あたしは男を睨みつけた。
「あんた詐欺なん?」
本当の名前は?
その問いを男は無視して、
「嘘付いた事は認める。ただ言いづらい事もあるから」
「振られたんじゃなくて、カモに逃げられたんじゃろ」
……あたしを騙すつもりだったの?
男を横目で見張りながら、紅茶を飲んでお菓子をつまんで、思い切ってテレビを付けても……笑えない。動揺が収まるまで時間が掛った。
時刻は12時を回る。
「ベッド使って。俺はここでいい」
「とか言って、寝てる間に逃げるんじゃろ」
「一晩中見張るつもり?」
そこで、急に近寄って来たと思ったら、
「いっそのこと、振られた者同士、仲良くしようか」
は?
「悪あがきするな。素直になれ」
ひゃあっ!
ひょいと体が浮き上がったと思えば「軽い軽い」と男は余裕でこっちを抱き上げて寝室まで連れて行く。バタバタ暴れている間に、ベッド上に放り出された。
「ちゃんと毛布を掛けて。風邪ひくぞ」
まるで子供扱い。
騙された事も手伝い、勝手にドキドキさせられて、正直ムッとくる。
「仲吉さん」
急に、改まって名字で呼ばれた。こんな時、空気読めない名前が恨めしい。
「謝るよ。嘘を付いてごめん」
急に直視するのが怖くなる。目を逸らしたら……ふと額に温かい感触を覚えた。
まるで何かを整えるみたいに、また、あたしは頭を撫でられている。
こんな子供騙しの慰めまで喰らって。
「今日はツイとらん。彼氏に振られるし、詐欺師に騙されるし」
……こんな事で泣かん。
その手を払い除けて、毛布を被った。
「俺は最高にツイてるよ」
その声は意外に明るい。人の気も知らないで。
「痛い失恋に上書きしてくれてありがとう」
楽しいイヴだった……そう聞こえたのを最後に、寝室のドアが閉じた。

目覚めたら、やっぱりというか、詐欺師の姿は無い。
あの男は、最後まで本当の事を言わないままだった。
そう言えば支払い、どうなっとんの?清算を前に嫌な汗が出てくる。
「頂戴しております」
それを聞いて胸を撫で下ろした。今年1番焦ったぁ。
「お車もご用意が出来ております」とか言うけど、頼んでない。
「駅までお送りするよう、承っております」
詐欺師の、せめてもの罪滅ぼしか。
「新横浜まで行きたいんじゃけど」と呟いたら、「ええ。どうぞ」
何食わぬ顔の従業員から、「こちらも預かっております」と名刺を渡された。

 代表取締役社長 CEO(最高経営責任者)
 高町 皇

「あの者、高町はここのオーナーであり、弊社の社長でございます」
秒殺。
こっちは一瞬でフロントから見えない位置まで崩れ落ちてしまう。
「嘘じゃろ?まさかドッキリ?社長が2回振られる設定?!」
従業員相手に、痛い個人情報漏洩をヤラかしてしまうほど動揺が止まらない。
名刺の裏には〝悪あがきするな。素直になれ〟と走り書きがある。
「電車は遅れる事が予測されます。どうぞお車で」
見れば、外は一面、真っ白。夜の間にずいぶん積もったらしい。
今も雪がちらちらと舞う。
イケてる社長。
……だけど、クリぼっち。
本当は、恋人の単なるドタキャンじゃないか。
失恋した女に気を使って、ワザと自分も振られた事にしたんじゃないか。
彼は……嘘付きか。
それとも、あたしの為を思って、本当の事が言えなかった人か。
名刺の走り書きをじっと見つめる。
悪あがき無し。あたしは素直に車に乗った。
ホテル入口のクリスマス・ツリー、雪綿の上に、本物の雪がふわりと止まる。

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