囚われた花嫁
話が終わると、自宅へと帰った私は、真っ直ぐに仏間にある仏壇の前に座り、そこに飾られている写真を取り、それに喋り始めた。

「…ただいま、お母さん」

…体の弱かったお母さんは、私を生んで間もなく亡くなったと言う。だから、私はお母さんの温もりを知らずに育った。

でも、寂しくなかった。いや、全然寂しくなかったと言えば嘘になる。友達が、自分の母親と仲睦まじい所を見れば、泣きたくなった。

それでも、寂しさを父が、安住が、私を心底愛し、慈しんでくれた。父は、再婚することはなかった。生涯、母だけを愛すると誓ったと聞いている。

そんな父が決めた突然の縁談。嫌で嫌でしょうがない。でも、父を苦しめることはしたくなかった。あの会社は、私のもうひとつの家と同じ。

私が結婚することで守れるなら、この縁談を受け入れる。

「…お母さん、これでいいんだよね?」

笑顔のお母さんに問いかけても、返事が来るわけもなく。ただ静かに笑っているだけだった。

…それから、週末が来るまで、私はいつも通り大学に通いつつ、荷造りを進めていった。

そして、迎えた週末、引っ越し業者に、指定されたマンションに荷物を運んでもらった。

「…モデルルームみたい。殺風景な部屋」

リビングダイニング、キッチン。バスルーム。それとは別に三つの扉。2つの部屋には入るなと引っ越し業者に言ってたらしく、一番奥にある空き部屋に、私の荷物は運ばれた。

この部屋は、私の部屋だ。可愛く飾り付けてやる。

業者が帰ったあと、私は自分の部屋を目一杯飾り付けた。

片付けに目処がついた頃、私はようやくリビングのソファーに座って、持ってきていたペットボトルのジュースに口づけた。

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