囚われた花嫁
その時だった。突然リビングに続くドアが開いたのは。驚いて咳き込む。

咳き込みながら振り返る。するとそこには、スーツ姿の東條星空が立っていて、私は思わず立ち上がる。

「…片付けは済んだのか?」
「…は、はい。一通りは」

私の言葉に返事をするでもなく、目の前までやって来た星空は、ソファーの前にある小さなテーブルに書類を置いた。

「…それに、契約内容が記されてある。目を通しておけ」
「…契約内容、ですか?」

…仮にも、結婚しようとする間柄の筈なのに、契約内容とは。まぁ、結婚なんて、形だけの物だろうから、仕方ないのかもしれないが。

私はそれに手を伸ばした。

私が書類を取ったことを確認した星空は、部屋を出ていこうとする。

「…あの!」

そんな星空を、私は咄嗟に呼び止めた。当然、星空は怪訝な顔付きで振り返る。

「…契約内容は、目を通して、しっかりと守りますが、一つだけ、たった一つだけでいいので、私のお願いを聞いてもらえませんか?」

「…」

何も言わないで、私を見ている。聞くだけは聞いてくれそうだ。私は意を決して言う。

「…夕食を作ります。東條社長の分も。仕事が忙しいのは、当然のことだと思います。仕事が早く終わったときだけでいいんです。一緒に食事をしてください」

…今まで、父か安住が、共に食事をしてくれていた。独りでは寂しい。だから、これくらいは。


「…約束は出来ない」

そう言った星空は、一つの扉の中に消えていった。

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