不器用な彼氏
『言っとくが、姉貴にお前を連れてくるように、言われただけだからな』
『お姉さんが?』
『来週の旅行、姉貴に車借りるから、逆らえねぇ』

そう。
いよいよ来週末には、海成との初旅行が決まっていて、旅先は熱海に決めたのだけど、電車代を浮かすのと、やはり人目を気にして、お姉さんにまた車を借りることになっていたんだった。

『そうなんだ…それなら、行こうかな。私もお姉さんに、会ってみたいし』
『それなら…って、何だよ。急に安心した顔しやがって』
『そ、そういう意味で言ったんじゃないよ?』

ほらね。またこんな拗ねたような顔をする。

これも新しく知った、彼の一面。この不器用な男は、どれだけ隠された感情を持っているのか?少しずつでも良いから、全部を知りたくなってしまう。



海成の自宅のある駅の近くで、いらないと言われたけれど、さすがに手ぶらではいけないと、洋菓子店に寄ってケーキを購入。お姉さんの待つ自宅へと、前を歩く彼の後ろを、少し遅れて歩く。

距離感を保ちながら歩く歩行は、もう慣れたものだった。

駅前の雑踏から10分くらい歩くと、辺りは閑静な住宅街に景色を変える。いくつかの路地を曲がり、小さな公園を抜けると、一軒の【進藤】と書かれた表札の前にたどり着く。

想像通り、飴色の瓦屋根が印象的な、純和風の佇まい。玄関まで続く通路の左手にある、手入れの行き届いた垣根の向こう側には、ガーデニングが施されている素敵な庭が、チラリと見えた。

『あ?』

と、玄関の手前で海成が、ふと立ち止まる。

『どうしたの?』
『姉貴の車が無え』
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