不器用な彼氏
しばらく、窓から入る陽光に包まれた部屋で、扇風機と開け放された扉から入る涼風に気持ちよくあたりながら、情報誌を見ていると、彼の座る左側が急に陰り、海成がグッと近づいたのに、気が付く。

『ちょっと、近いよ?』
『…別に問題ないだろう?』
『え…』
『俺がもっと、お前に触れたって』

そういうと、左手で私の右頬を包み込み、次の瞬間には、優しいキスが落とされる。

“パサリ”と、手にしていた雑誌が床に落ちた。

正直に言えば、私だってずっと海成に触れたかった。もっと本当のことを言ったら、嫌われちゃうかな?

本当は、キスされたくて、“部屋に行きたい”って言ったのだとしたら…。

重ねた唇は、一度離れ、小さく息を吸うと、何かを言う前に、もう一度今度は深く口づけをされる。まるで“足りない”とでも、言うように…。

どれくらい経ったのか、しばらくの間目を閉じたまま、夢心地で何度目かの、たばこの香りのするキスを受けとめていると、ふと近くにある扇風機の機械的な音と、開け放たれた窓から聞こえる子供達の笑い声で徐々に我に返り、だんだん様子がおかしいことに気づく。

『か、海成?』

不意に唇が離れた瞬間に、両手で海成の胸元をやんわり押すと、次の瞬間、右手で左肩を押され、頬にあった大きな左手は私の右側から、倒れ込む背中を支えて、ゆっくりベットに押し倒される。

『え?』

真上から自分を見下ろす海成。いつになく真剣な顔で、少し熱の籠った眼差しで見つめられる。

『えっと…どうしたの…かな?』
『何、動揺してんだ?』
『だって…』
『まさか、この後の展開、わからない歳でも無いだろう?』
『ちょ、ちょっと待って、ね?』

顔の左右に真っすぐ立てられた武骨な腕から、無理やりすり抜けようとすると、その手首ごと掴まれてしまう。

冗談にしては、掴む手首が痛い。さっきから、心臓は止めどなくバクバクと音を立てる。

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