不器用な彼氏
『お姉さん、ホントに素敵な人ね』
『うるさいだけだろ』
『いつも、あんな感じなの?』
『アイツのへこんだとこ、見たこと無え』
『お姉さんらしい』
『…あ、いや、一度だけ、いつだったか、姉貴のダチが亡くなった時は、さすがに様子がおかしかった時期があったか…』
『そう…なんだ?』

ふと、さっきお姉さんが一瞬みせた悲しそうな顔が、脳裏をよぎる。…もしかしたら、お姉さんの大事な人って…?いや、憶測でものを考えるのは、やめよう。

バイパスを降りて、広い通りを左折し、都会のイメージがある横浜とは、到底思えないほどの田園風景が広がる。

同じ住宅街でも、海成の家の周りと違い、疎らにしか家はなく、街灯も少ない。この時間じゃ人通りもなく危ないからと、自宅が見える通り沿いに車を停めてくれる。

車外に出ると、夏特有のムッとした暑さが、肌にまとわりついた。

『送ってくれて、ありがとうね』

運転席側に回り、窓を開ける海成にお礼を言うと、なぜか真剣な顔で、見つめられる。

『来週…いいんだな?』
『来週?』
『旅行の件だ、バカ』
『あ』
『まさか、忘れてたわけじゃないよな?』

今日は、お姉さんのインパクトが強すぎて、すっかり忘れかけていた。

訝しげに見つめる海成の視線から逃れるように『忘れるわけないでしょう?』と笑って誤魔化す。同時に、今日の昼間の出来事を思い出し、海成の言葉の裏側を察する。

< 119 / 266 >

この作品をシェア

pagetop