不器用な彼氏
時刻は11時を過ぎようとしていた。
俺は、この時、今までにないくらいアイツと離れがたかったが、数時間後、職場で会うことを心待ちに、手を離す。我ながら情けない話だが、本心なのだから仕方ない。
すると、突然開け放たれたままだった運転席側の窓に、アイツが身を乗り出して入ってきたかと思うと、俺の右頬に軽く触れて、『おやすみ』と言い、一目散に走りだす。
呆気にとられ、しばし右頬を抑えてボー然としていると、アイツはそのまま一度も振り向かす、自宅の玄関に消えてしまった。
ちょうど、帰宅途中の若いOLが車の横を怪訝な顔で通り過ぎ、ハタと我に返り、慌てて車を走らせる。
たかだか女に、しかも頬にキスされたくらいで、30過ぎの男が、何だこの心拍数の速さは?
参った…俺は完全にどうかしてる。
そんなこと、今までだって、あっただろう?何を焦ってるんだ、俺は?
自宅に戻る車中で、過去の自分を思い起こそうとするが、アイツと出会う前の自分が、どうしていたのかすら、もう完全に思い出せない。
それほど、俺はアイツに夢中になってしまっていた…。