不器用な彼氏
『あのぅ、櫻木さん、ちょっといいでしょうか?』

後ろに気を取られていたら、自身の机の左側のカウンター越しから弱弱しい声が聞こえ、逆にびっくりして振り向くと、入社して2年目の営業担当、野村君が、申し訳なさそうに立っている。

『どうしたの?』
『実は、私、先日開発のお客様の契約を取り付けたのですが・・・』
『え?凄いじゃない!おめでとう』

開発とは、開発行為・・・つまり広めの土地を宅地造成のために区画整理したりすることで、その契約をしたということは、1件ではなく、区画数分いっきに複数の契約を結んだことになる。

『あ、ありがとうございます』
『私のところに来たってことは、TMは私が受け持つのね』
『はい、そうなんですけど・・・』

一瞬、言い淀み、躊躇いつつ言葉を続ける

『実は、明日までに、区画別プランセットを用意していただきたいのですが・・・』
『え!?今から?』
『すみません!言い忘れました!!』

時刻は午後4時40分。区画がわかっていれば、それに合わせたプランを組み合わせるのは大して苦ではないけれど、開発となると件数が問題。

『何区画なのかな?』
『・・・13区画です』
『・・・・・』

思わず絶句してしまった私に、もう一度深く頭を下げる野村君。

懸命に笑顔を搾り出し『了解しました』と答えると、ちらりと時計を見て、心の中で大きくため息を付き“残業確定”と覚悟を決める。

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