不器用な彼氏
『…今?』
『今』

海成の真剣な眼差しに、仕方なく、観念して一呼吸すると、自由の利く左手で、海成の肩に手を伸ばし、できるだけ背伸びをしながら、右の頬に軽くキスをする。

さすがに自分からするキスは、例え頬でもどうにも気恥ずかしく、すぐさま離れようとしたのだけど、右手は海成に捕まったままで、どうにも逃げられない。

『なんだよ?それで終わりか?』
『リクエストには答えたよ』
『まだ、足りないだろ?』
『私には充分よ』
『本当か?』
『も、もちろん』
『じゃ、確かめてやる』
『え?』

そういうと、いきなり体勢が逆転し、ガラス窓を背に、今度は海成が前かがみになって、私の顎を押し上げる。

『ちょ、ちょっと待っ……んっ』

今は、これ以上は無いと、過信していたので、抵抗する間もなく、甘いキスを落とされた。

突然されたキスは、自分の思考回路を麻痺させて、そのままダイレクトに五感を刺激する。
逃げないようにと、私の腰に押し当てられている海成の左手まで、熱を持ったように熱い。

なぜか、強引にしたキスの割には、いつもよりゆっくりと、それでいてそれ以上、奥には触れず、じらすような口づけ。

ああ、ダメだ…思考が、追い付いていかない。
…このまま、いつものように、さらに深くなるだろうか?

そう思って、思わず彼のTシャツにしがみついた瞬間、始まりと同じように、唐突に終わりが訪れた。
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